19.苦手なもの
オウガは伊達眼鏡を気に入ってくれたみたいで、授業中や制服で外に出かけるときはかけるようになった。
「この眼鏡をかけるようになってから、絡まれる回数が減ったような気がする」
「眼鏡は頭がよく見えるアイテムだからね。それをかけるだけで、真面目に見えるから不思議だよね」
伊達眼鏡の成果に、オウガは驚いている様子だ。
オウガの鋭すぎる眼光は、目論み通り少し緩和できているようだ。
まぁ顔つきが怖いというのは、残念ながら変えようがないけれど。
「雑談はいいから。どうすんの、職業体験。場所が決まらないと部活にも行けないんだけど」
「うーん……特に行きたいところもないんだよね」
現在は放課後。
サキにツッコまれて、頭を悩ませる。
もうすぐ職業体験の授業があるのだけれど、私達のグループはどこへ行くかまだ決まってなかった。
「オレはどこでもいい。まかせた」
オウガもオウガで投げやりだ。
他のグループは、すでに体験先にアポイントを取っていて、何も決めていないのは私達のグループくらいだった。
「メイコはさ、将来どうするつもり?」
「私はこのまま就職するつもりだよ。公務員……もいいけど、あまり合いそうにないから、適当な会社に就職するの。それで相手見つけて、結婚して……子供産んでって感じかな」
サキに尋ねられて、ふわっとしたビジョンを口にする。
将来ケーキ屋になりたいとか、スチュワーデスになりたいとか。
そんな夢は一切持ち合わせてなくて、私はちょっぴり現実的だった。
「オウガは?」
「未来のことなんて、考えてない」
サキの問いかけに、オウガは興味なさそうに答える。
「あんたたち二人は、本当もうアレよね。夢や希望ってやつが足りてないわ」
「そういうお前はどうなんだよ」
サキが肩をすくめれば、オウガがむっとした顔をする。
「よし、ここは保育園にしましょう。あんたたちに必要なのは、子供のような心だわ。決定!」
オウガの質問には答えず、サキが強引にまとめて携帯で検索しはじめる。
「ちょっと待て! オレは子供が苦手だ!」
「どうでもいいってことは、あたしが決めていいってことでしょ。それとも行きたい場所があるの?」
オウガが叫べば、文句があるなら代わりの案を出せとばかりに、サキが睨む。
「特にないが……だが、子供は……」
黙ってしまったオウガは、かなり困った顔をしていた。
「オウガ、子供苦手だったの? でも、林太郎は平気だよね?」
「あいつの見た目は確かに子供だが、中身はそうじゃないからな……千五百歳だと本人は言っていた」
それは林太郎が自分で作った設定であって、本来の林太郎は見た目も中身も子供そのものだ。
まさかとは思うけれど、オウガってもしかして……林太郎に合わせてるわけじゃなくて、本気であの言動を信じちゃってるんだろうか。
そんな疑惑が頭に浮かぶ。
「子供は……怪我しやすいし、すぐ倒れるだろ。弱いし、すぐ死ぬ」
「いや、さすがにそんなにか弱くないからね? 保育園生だから、元気いっぱいだと思うよ?」
呟いたオウガにツッコめば、弱ったように眉を寄せた。
どうやら本気で苦手らしい。
「サキ、オウガが嫌がってるから、別の場所にしよう?」
「ん? 何メイコ。今電話中だから、ちょっと待ってね」
声をかけたときにはすでに遅く、サキときたら電話をかけてしまっていた。
行動力があるにもほどがある。
そして、しっかりと訪問の約束をとりつけてしまった。
「これで帰れるわね。いやーいい仕事したわ、あたし」
「……」
伸びをするサキに、オウガが抗議するような視線を向けていた。
「あんたが思ってるほどに、子供はヤワじゃないよオウガ。傷つけてしまうかもしれないって、怖がる必要はない」
不安を見透かして、理解しているかのような口調でサキが言う。
オウガが目を見開き、サキはそれを見て笑った。
「大人は厄介だよね。過去に囚われて、未来に怯える。積み重ねた今の先に、ただ未来があるだけなのに。欲しいものを望んで、子供みたいに手を伸ばせば、もしかしたら届くかもしれないってことを忘れてしまうんだ」
サキの黒い瞳が、じっとオウガを見ていた。
大人びたというよりも、まるで全てを知っている賢者のごとき雰囲気で、サキはそこに立っていた。
目をそらせずにいたら、フッといつもの悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「まぁ、もう決まったことだし諦めな! それじゃ、職業体験は保育園で! あたし部活に行ってくるね!」
私達の肩を、サキが強く叩く。
そこにいるのはもういつものサキだ。
私とオウガを残して、元気いっぱいに教室を出ていった。