17.高校にはボスがいるそうです2
「……メイコ、こいつらは何を言ってるんだ?」
少し困った顔でオウガが私に尋ねてくる。
「前に上級生が絡んできて、オウガはそれを返り討ちにしたでしょ? それで、その人達が是非手合わせをしたいって言ってるんだけど……」
「面倒だから断る」
嚙み砕いて伝えれば、きっぱりと不良達にオウガはそう言った。
うん、そんな事だろうと思ったよ。
でもね……それで納得するような人達じゃないと思うんだよね……。
「ってめ、舐めてんのか! ちょずいてんじゃねーぞコラ!」
「……メイコ、何て言っているんだこいつらは。さっきから翻訳できない。なまりが強いのか、それともオレの知らない新しい言語なのか?」
殴りかかってきた男の手を軽くひねりあげ、オウガが私に尋ねてくる。
嫌みというわけでもなく、オウガは本気で首を傾げていた。
不良達が口々に汚い言葉でオウガを挑発するのだけれど、その独特のイントネーションが外国人であるオウガには難解なようだ。
バカにしてると不良達はヒートアップしていて、今にもこの場で乱闘が始まりそうな雰囲気だった。
「お、おお……落ち着いてください、皆さん! 彼外国人なので、日本語難しいのわからないんです。決してバカにしてるわけじゃないんです!」
声を張り上げて私が言えば、不良達も一応は怒りを収めてくれたようでほっとする。
「じゃあお前が通訳しろ。今から近くの河原にこいってな。因縁の決着をつけようぜ。殴り合って、どちらが強いか決めるんだ」
「オウガと河原で、拳で語り合いたいと申しております」
不良のリーダーっぽい人の言葉を柔らかくして、オウガに伝える。
外国人だと聞いたからか、わりとリーダーは丁寧に話してくれたので、普通に伝わってるはずだけれど、一応通訳はしておく。
「そんな暇はない。期末テスト前だ」
優等生の答えをオウガが返す。
不良達はくだらねぇと笑っていたが、オウガは相手にする気もなさそうだった。
こういう手合いは、相手にされないと怒るもので……案の定、苛々としはじめていた。
「ひゃっ!」
不良の一人が、不意に私の手を引いてきた。
腰に腕を回されて声を上げれば、オウガが顔を上げた。
「この女はあずかる。河原までこいよ。そしたら、返してや……」
男が最後までいう前に、オウガが私の腕を掴んで男を引き剥がし、その横っ腹に蹴りを入れる。軽々と男は吹き飛ばされ、その体に当たった机や椅子が大きな音を立てた。
「面倒だな。こういうのは、嫌いなんだが……試験勉強がいつまで経ってもできないしな」
私を背に庇いながら、ギロリとオウガが不良達を睨む。
先ほどまで大きな態度だった彼らが、それだけで息をのんだのがわかった。
「お、オウガ! 行っちゃダメだから!」
ぐっとシャツを掴めば、オウガは平気だと答える。
そのままオウガは、不良達に連れていかれてしまった。
オウガが危ない。
いても立ってもいられなくて、靴を履いて玄関へと向かう。
河原までは結構遠い。
不良達はバイクで来ていたみたいだけど、私はバイクなんて持っていなかった。
「乗って、百瀬さん!」
困っていたら、クラスメイトの柳くんが自転車でやってきた。
先ほどのやりとりを、柳くんも見ていたらしい。
自転車に乗って河原まで行けば、すでに勝負はついた後だった。
「オウガ、大丈夫だったの!?」
「平気だ。こいつら、数だけでたいしたことなかった」
けろっとした顔をしているオウガには、傷もなくほっと安心する。
伸びている不良達をその場に残して、すぐにその場を立ち去った。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
他校の生徒と喧嘩したことが高校にバレてしまい、オウガは三日間の謹慎処分を受けてしまった。
オウガのマンションへ行けば、相当不満そうだった。
「大体、相手に怪我を負わせたといっても……かなり手加減して、治癒もかけたからかすり傷程度のはずなのに、大げさな」
納得いかないといった様子のオウガは、私が作ったプリンを美味しそうにほおばっていた。
「でもオウガが自分から喧嘩に参加したかったわけじゃないって、わかってもらえたからよかったよ。柳くんとか、他のクラスメイト達もオウガを庇ってくれたみたいだし」
それでも三日間謹慎処分というのが、少し理不尽ではあるけれど。
こういう騒動を起こすと退学という可能性もあったから、ほっとする。
「もしかしたら、オウガと一緒に二年生になれないかもって心配したんだよ?」
「そうか。でもな、メイコ。そういう心配は……メイコのほうがするべきじゃないか? この数学の計算、たぶん全部間違ってる」
私特製のプリンを食べながら、現在は数学の勉強中だ。
本日習った分をノートにまとめて、オウガに渡しにきたのだけれど……指摘された部分を計算しなおせば、オウガの言うとおり不正解だった。
「一学期さぼりがちだったのと、成績が悪いのとで……一緒に進級できるか心配なんだが」
「うっ……」
オウガに心配されてしまった。
なんだか悔しい。
「大丈夫! いざとなったら、サキにヤマ張ってもらうから! サキって勘がいいから、かなりそれで点数稼げるしね!」
「そういうことやってるから、応用が利かないんだ。ほら、数学なら教えられるからやるぞ」
ぐっと拳をにぎれば、オウガが溜息を吐く。
オウガは努力して勉強しているタイプだからか、教えるのが上手くて。
どうにか今回は赤点を取らずに済んだのだった。