14.お節介
「オウガ、今日も私の家に来るの?」
「あぁ、燐世と約束したからな」
あれ以来、オウガは林太郎と仲がいい。
家族の誰も呼ばない、林太郎が自称している名前を呼び、それでいて真剣にその話を聞いている様子だった。
もしかして、林太郎と遊んであげてるわけじゃなくて……本気で林太郎の話を信じてるわけじゃないよね?
さすがのオウガでも、それはないか。
魔法やらなんやらの胡散臭い話をきけば、林太郎の話がアニメをベースにした妄想話だと、例えオウガでもわかるはずだ。
しかし問題は、オウガが家に行くとなると……私も一緒に行かなくちゃいけないというところだった。
あまり家に寄りつきたくないのに、私はここのところ毎日早く家に帰ってきていた。
「同士オウガよ。今日も我が家で、夕飯食べていくだろう? 母さんがすでに支度をしている」
林太郎がそういって、オウガが悪いなと答える。
ここのところ、夕食にはいつもオウガの姿があった。
オウガがいると、家族だけの食事よりはマシになる。
私が高校でどうしているかとか、そういうことを母さん達はオウガがから聞いて、私はオウガと会話をして。
オウガがクッションのような役割をはたしてくれるので、夕食の時間がさほど苦痛じゃない。
それでいて、オウガは私の義兄の大地とも仲良くなっていた。
いつも勉強は家のリビングでやるのだけれど、大地が何食わぬ顔で参加してきて、オウガに勉強を教えはじめたのだ。
私がどこかに行けオーラを出しても、大地は気にした様子もなく。
それでいて、私よりも大地のほうが教えるのが上手かったりするので、オウガも遠慮なく質問をしていた。
というか、オウガと大地は、元々それなりに顔見知りではあったようだ。
体育の時間、私達のクラスと大地のクラスは合同で授業をする。
準備運動は二人でペアを組んで行うようなのだけれど、オウガは大地とよくペアを組んでいたみたいだった。
オウガも大地も、背が高い。それで組まされたとのことだ。
まぁ……私の件で大地がオウガに探りをいれようとしてたっていうのも、あるんだろうけどね。
大地のやることが、私はあまり気に入らなかった。
「オウガくんって、顔は怖いけど……いい人だよね」
同じテーブルで自分の宿題に手を付けながら、大地が私に笑いかけてくる。
――大地に言われなくても、もっと前から私は知っていた。
そんな意味のない張り合いをしそうになって、ふいっと大地から顔を逸らす。
オウガのよさを他の人がわかっていないことが悔しかったはずなのに、こうやって認めてくれる誰かが出てきても、それはそれで面白くない。
「おい、メイコ。なんでそう不機嫌なんだ」
大地がお手洗いへと席を立ち、二人っきりになれば、オウガが尋ねてくる。
「別に」
ツンとした態度を取れば、弱ったような顔になった。
「オウガ、私の家に来すぎ。ここじゃ落ち着かないから、オウガの家がいい」
むすっとむくれながら口にすれば、オウガが少しシュンと肩を落とした気がした。
「……悪かった。ずうずうしかったよな」
「いや、ずうずうしいとか、そんなことはないけど。ただ、私……あまり家にいたくない。それ、オウガはわかってるはずだよね」
拗ねたものいいをすれば、オウガがノートを閉じた。
「メイコが……家に帰るきっかけになればいいと思ったんだ。最初は燐世と話すのが目的だったんだが……燐世もメイコの母親も……再婚相手も。全員、メイコを気にかけてる」
ゆっくりと口にするオウガの眉間には皺があった。
一生懸命言葉を選んでいるという感じだ。
「それに、オレがここにくることで……多少、家族のメイコへの目も和らぐだろ。知らない男の部屋へ出入りしてるのと、知ってる友人の部屋へ出入りするのとでは……違うと思うからな」
私から目をそらしながら頭を掻くオウガは、バツが悪そうにしている。
隠していた企み事がバレて気まずいかのような、そんな雰囲気だった。
「深入りしすぎてるっていうのは、わかってる。けどな、メイコが……暗い顔をしてすごしてるのは嫌なんだ」
オウガなりに色々考えてくれてたんだ?
その行動の中心に自分がいる。
それを知れば、さっきまで胸の中にあったモヤモヤが消えていくのを感じた。
大地や弟が、オウガと仲良くするのが面白くない。
友達を取られたような気分になっていた、そんな自分に気づいて、子供みたいだな……と笑えてきてしまう。
目の前のオウガは、硬い表情。
私が嫌がることをしたという自覚があるんだろう。
オウガは私のことを考えて行動してくれてたのに、私ときたら自分のことばかり考えていた。
考えるのを放棄して、逃げていた家族とのこと。
私の代わりに、オウガが真剣に考えてくれていたんだと思えば、少しは向き合わなきゃという気持ちになってくる。
「じゃあ……週末だけはうちに来て勉強ってことで。それ以外は、オウガの家ね」
肩の力が抜けるのを感じながら微笑めば、オウガがほっとした顔になる。
「オウガってさ、結構お節介だよね」
私の言葉に、オウガが目を瞬かせる。
そんなことを言われるとは思っていなかったという様子だ。
「自覚なかったの?」
「いや……本当にお節介だなって、自分で改めて思っただけだ。なんでオレは、こんなことをしてるんだろうな?」
自分で自分の行動がよくわからないというように、オウガは呟く。
「本来のオレは、お節介なんて焼く奴じゃないんだ。でも、メイコのことは……どうしてか放っておけない。友達……だから、なのか?」
「なんでそこで疑問系なの?」
理解できないというように口にして、オウガが私に問いかけてくる。
「友達がいたことがないからな。そういうものなのかすら、わからない」
さらりとそんな悲しいことを言うオウガに、悲痛な様子はない。
オウガにとってはただの事実でしかなく、それが寂しいことだとも思ってない様子だった。
――オウガには、何かが欠けている。
そう思う瞬間が、ときどきある。
きっと、育ってきた環境がそうさせたんだろう。
私との間に壁を感じることはないけれど、オウガは他の人達に対して一定の壁を作っている気がした。
それでいて、私にも触れられない深い部分に、オウガはきっと傷を負っている。
できることならば、私だってオウガの力になりたい。
無理やり暴く気はこれっぽっちもなかったけれど、そう思っていた。
「友達ってそういうものだよ、オウガ。私も、オウガにお節介焼きたくなるときがあるし。だから、お互い様」
「……そうか。友達なら、当たり前のことなんだな」
肯定する私に、オウガはほっとしたように笑った。