13.闇の使い手
家の前まで来る頃には雨は止んでいた。
門の前に誰かがいて、よく見ればそれは六歳年下の弟・林太郎だった。
九歳の林太郎なのだけれど、発育がよくて背が高く、一見中学生くらいにも見えなくはない。
「ようやく帰ったか、我が姉よ」
「ただいま、林太郎。どうして外で待ってたの?」
「空の慟哭が止んだからな。黒き稲妻を手に入れるため、緑の森へ向かうところだったのだ」
もったいぶった言い方で、林太郎が口にする。
「雨が止んだから、ミドリモリスーパーで駄菓子を買いに行くつもりだったわけね」
翻訳した私に、そのとおりだと林太郎が頷く。
林太郎は最近、妙なアニメにはまっていた。
中高生に大人気のアニメで、難解な言葉や設定がたくさんちりばめられたヤツだ。
それの影響を、林太郎はもろに受けていた。
「今日は異世界から迷い込みし、闇の使い手を家に招いたのか。ふむ、歓迎しよう」
「ただの外国人のクラスメイトだからね? ほんと、変なこと言わないの。ただ送ってくれただけだから」
林太郎はオウガに対して、興味津々といった感じだった。
私はオウガのことを、林太郎に色々と話していた。
異国からきた外国人だということ。
常識をあまり知らなくて、魔法がどうのとかよく言うこと。
それが、どうやら林太郎の琴線に触れたらしい。
林太郎はオウガが別の世界から来た魔法使いだと、そんなことを言いだしていた。
「ごめんね、オウガ。うちの弟が……」
「……なぜ、オレが闇属性の魔法を使えるとわかったんだ」
林太郎のことを謝ろうとすれば、オウガが眉間に皺を寄せてそんなことを言う。
「そんなの簡単なことだろう。俺もまた、魔法使いだからだ」
「この世界に……魔法はなかったんじゃないのか?」
くくっと格好を付けて笑う林太郎に、オウガが驚きの声を上げる。
意外にもオウガはノリがいい。
「存在しないことになっているだけだ。魔力の元が大気中にあることくらい、お前にもわかるだろう。ただ、この世界の者達が魔力回路を持たず、操る手段を持たないだけだ」
「お前は……何者なんだ」
アニメキャラのセリフを吐く林太郎に対して、オウガの演技は真に迫っている。
林太郎はとても生き生きとしていて、その目は輝いていた。
「我の真の名は燐世。異世界・地獄よりやってきた闇の使者だ。林太郎という少年の体を借り、この世界に顕現している」
ふっと笑みを浮かべ、林太郎が芝居がかった動作で家の門を開ける。
「我が屋敷へ入るがいい。お互いに、聞きたいことがやまほどあるだろう?」
「……わかった」
林太郎の招きに応じて、オウガが頷く。
やったというように、林太郎の鼻の頭が膨らんだ。
「オウガ、別に林太郎に付き合わなくてもいいんだよ?」
「口出ししないでもらおうか。この世界の者には、理解のできないことだ……って、痛い痛いよ姉ちゃん!」
オウガに言えば、林太郎が生意気なことを言ってきたので、こめかみをぐりぐりと拳で押してやる。
「お邪魔するぞ」
考え込むような顔を見せながら、オウガが玄関で靴を脱ぐ。
そして、そのまま林太郎の部屋へと入っていってしまった。