12.オウガの兄弟
「……余計なことをしたか?」
「ううん、ありがとう」
靴箱の前まできて、オウガが尋ねてくる。
首を横に振ってお礼を言えば、ほっとしたようだった。
「なぁ、メイコ……やっぱり、ちゃんと話し合うべきだと思う」
オウガにまで諭されて俯く。
「やっぱり、迷惑だよね」
「オレはメイコがいてくれたほうが楽しいし、迷惑だと思ったことはない。美味しい夕食にもありつけるからな」
そこまで口にして、オウガが靴を履き替える。
「ただ、親や兄弟に心配をかけるのは……よくないだろ。いい年した娘が男の家に入り浸って帰ってこないなんて、親御さんが心配して当然だ」
「……心配なんて、本当はしてないよ。母さんは私のことなんて、本当はどうでもいいと思ってるんだから」
「オレが口を出すことじゃないし、放っておけば……そのうち自分で問題に向き合うだろって思ってたんだがな」
唯一の味方だと思っていたオウガまで、説教じみたことを言ってくる。
柄じゃないなと呟いてから、オウガは私の頭を撫でてきた。
「そんなわけないって……本当はメイコもわかってるんだろ。母親が再婚したのも、メイコのバイトを全て止めさせたのも。メイコを大切に思ってるからだ」
「……そんなの、私は望んでなかった。貧乏だってよかったし、私も働くって言ったのに」
私達兄弟を育てるために、一人では大変だったということくらい理解していた。
母さんに愛されているということもわかってる。
「父さんの場所に別の人がいるのが……嫌なの」
頭ではしかたないことだとわかっていても、心が納得してくれなかった。
新しい家族とすごすことは、父さんに対する裏切りのような気がして。どうしても受け入れることができない。
ぎゅっとオウガの制服の裾をにぎる。
「大切な人に……代わりはいないよな」
共感を示すように声が揺れる。私と同じように、大切な人をオウガもなくしているのだと、その言葉でわかった。
「でもな、大切にしてくれてる人がいるなら……悲しませるな。メイコには……オレみたいになってほしくない」
私の手から傘を取って、オウガが開く。
その表情は……傘に隠れて見えなかった。
「家まで送っていってやる。ほら、行くぞ」
「……うん」
靴を履き替えて、外へと歩き出したオウガの側に並ぶ。
私の傘はただでさえ小さいのに、オウガは私が濡れないように傘を傾けている。その肩は半分くらい傘の外に出てしまっていた。
「オウガ、私……一人で帰れるよ? オウガが風邪ひいちゃう」
「丈夫なのが取り柄だから平気だ。風邪なんて引いたことないしな。いいから送られとけ」
傘を打つ雨音を聞きながら尋ねれば、オウガが答える。
「……小さい頃は病弱だって言ってなかったっけ?」
「俺の一族は基本的に丈夫なんだ。魔力過多……体質のせいで、熱を出すことが多かったが、大人になれば自然とどうにかなった」
オウガの過去の話を聞くのは初めてだ。
気になってはいたけれど、聞いていいものか躊躇っていた。
「どんな子供だったの?」
「根暗な子供だったな。暇さえあれば本を読んで……後はいつも双子の弟と一緒にいたな」
「オウガって双子なんだね! 知らなかった……弟はオウガに似てるの?」
尋ねながら、オウガが二人いるところを想像する。
結構、迫力満点だ。
「いや全く似てない。弟は父さんに似ていて、オレは母さん似なんだ。オレが外に出られないことが多かったせいで、あいつには昔からいっぱい我慢をさせてた」
弟のことを話すオウガは優しい顔をしていた。
それを見れば、仲のよい兄弟なんだなということがわかる。
「オレに付き合って、いつもイクシスは側にいてくれたんだ。楽しいことがあっても、友達に誘われても面倒だ、興味ないって顔をしてな。好奇心旺盛で人好きな奴だったから、本当はオレなんか放っておいて……自由にすごしたかったはずなのに」
イクシスというのが弟の名前なんだろう。
噛みしめるように口にするオウガは、どこか寂しげだ。
「オレは卑怯な奴だからな。一人でいるのは寂しくて……あいつが優しいのをいいことに、自分に縛りつけてたんだ。おかげで弟は、自分の気持ちを押し殺すのが得意な奴になってしまった」
「もしかして、オウガの弟さんって、もう……」
「……死んだも同然の行方不明ってやつだ。あいつは、自分から……それを選んだ」
オウガの瞳に暗い影が差す。
その表情を見て、この話題はあまり口にしちゃいけなかったものなんだと気づいた。
きっと、その弟さんがいなくなってしまったから、オウガはこの国へ来たんだろう。
なんとなく、そんなことを思った。