11.義兄
「ねぇ、オウガ。おかしいよね。絶対に、これはおかしいよね!!」
「何がだ?」
目の前に並ぶのは、返却された二学期末のテスト。
私が五教科全て赤点なのに対し、オウガの赤点は三教科だけだった。
「どうして、一緒に遊んでばっかりいたのに……オウガのほうが私より成績いいの!」
「そんなこと言われてもな……」
バンと机を叩けば、オウガは困った顔をしていた。
味を占めた私は、休みのたびにオウガを遊びに誘っていた。
オウガもまたそれを喜んでくれるものだから、ついつい……テストのことを忘れ。
そして……見事に私のテストは、赤点だらけだ。
「というかさ、オウガって日本の文字を読んだり書いたりするのが苦手なだけで、頭自体はいいんだよね」
冷静にサキがそんな分析をする。
文字を読まなくていいからか、オウガの数学の点数は平均点以上あった。
英語もそれなりに取っておりギリギリで赤点は免れている。
「メイコは要領悪いんだよね。あたしみたいに上手くやらないと。ヤマ張って一夜漬けがおすすめだよ?」
「それができるの、サキだけだからね? 全然勉強してなかったくせに……ずるい」
直前までサキは遊びまくっていたくせに、全教科赤点は免れていた。
昔からサキは勘と要領がいい。
「そう落ち込むなメイコ。今回は追試で合格すれば、補習はなしみたいだぞ」
「合格すれば、ね……」
オウガが慰めてくれるけれど、五教科もあると思うとやる気がなくなる。
「結構、勉強してたんだけどなぁ……」
「新しいこと詰め込むと、メイコの場合古いことがポンと抜けるからね。まるでロケット鉛筆のように」
溜息を吐けば、サキがそんなことを言ってくる。
否定できないところが悔しい。
「明日から追試か……」
「どんまい、メイコ!」
机に突っ伏す私に、ケラケラと笑いながらサキが言う。
ふいに雨音が強くなって外を見れば、空の色が暗く思えるほどの雨が降っていた。
「雨凄いね。メイコ、傘持ってきた?」
困ったなぁといった様子で、サキが聞いてくる。
「いや……持ってくるの忘れた。オウガは?」
「忘れた」
私と同じく、オウガも傘を忘れたようだ。
朝はいい天気だったから、傘はいらないだろうと思っていた。
「天気予報で、午後から大雨だって言ってたのに」
「大丈夫だって思ったんだよ。どうしようかなぁ。オウガの部屋に走っていって、雨が止むまでゴロゴロしようかな」
肩をすくめたサキに答えながら、止む気配はなさそうだなと窓の外を見つめる。
しかし、この雨だと……オウガのマンションにたどり着く前にびしょ濡れになりそうだ。
そんなことを考えていたら、クラスメイトの西川さんに声をかけられた。
「百瀬さん、隣のクラスの朝倉くんが呼んでるわよ」
言われて教室の入り口を見れば、そこには義兄の大地が立っていた。
「百瀬さん、よく朝倉くんに呼び出されてるよね? どういう知り合いなの?」
含みのある言い方で、西川さんが可愛らしく小首を傾げる。
西川さんは、ゆるふわな髪型をした女の子で、毎日化粧もばっちりだ。甘ったるい喋りかたが特徴で、クラスの中心人物ともいえる子だった。
詮索されたくないなと思っていたところを、ずばり突いてくる。
「しかもさ、いつも話すとき……名前で呼び合ってるよね?」
西川さんの瞳が、敵意を帯びて私を見つめる。
それは私が大地のことを「朝倉くん」と呼ぶと、「メイコちゃんも、もう朝倉だよね?」と返してくるからだ。
そのやりとりが嫌で嫌で、しかたなかった。
学校で使う名字は「百瀬」のままになっているけれど、私の実際の名字はもう……朝倉だったりする。
「二人って、付き合ってたりするの? 気になる人がいるから、この学校に来たんだって……この前、朝倉くんが言ったらしいんだけど」
大地は女子から人気がある。
お金持ちの息子で、名のある私立中学に通っていたのに、なぜかこの学校へやってきた謎の転入生。
整った顔立ちに優しげな雰囲気。
成績優秀で運動神経もよく、人当たりもいい完璧超人だった。
おかげで私は、女子から嫉妬の対象になっている。
「付き合ってるとかは、ありえないから」
「じゃあ、どういう関係?」
プライベートなことなのに、西川さんはつっこんでくる。
逃がす気はないというように、行く先をふさがれてしまっていた。
ずっと聞く機会を窺っていたんだろう。
話したくないなと思っていたら、オウガが西川さんの側までやってきた。
「なっ、なによ……」
怖じ気づいた西川さんの隣にある机を、オウガが叩く。
その音に、クラス中の視線が集まった。
「机の上に蚊がいた。少し力を入れすぎたな……驚かせたなら悪かった」
全然悪いと思っていない態度で、オウガが西川さんを睨む。
西川さんはオウガに背を向けて、教室を出ていってしまった。
「……オウガ、あんたバカでしょ? 蚊を退治するために、机割る気だったの? 少しヒビ入ってんだけど。これ、あたしの机よ?」
「だから力入れすぎたって謝ってるだろ。ヒビは……最初から入ってたんだろ」
詰め寄るサキに、しれっとした態度でオウガは答えれば、いつものごとく喧嘩が始まってしまった。
すでにクラスメイト達も慣れたもので、また元の話題へと戻っていく。
教室の入り口を見れば、義兄の大地と視線が合う。
この騒ぎの間に帰ってくれればよかったのにと思いながら、何か用と話しかけた。
「傘、忘れていったでしょ? 母さんがメイコちゃんに渡してって」
「……そう、ありがと」
受け取ってさっさと帰ってもらおうとしたのに、大地はまだ立ち去ろうとしない。
「西川さんが言ってたけど、メイコちゃんは……桜河くんとつきあってるの? 前に桜河くんに色々聞いたら、ただの友達だって言ってたけど。メイコちゃんが遅くまで遊びに行ってるのは、桜河くんの家なの?」
問い詰めるような口調は、大地がこのことをよく思っていないのだと伝えてくる。
というか、オウガに直接聞いたりもしていたらしい。
兄面をして、人の交友関係に口出しするのはやめてほしかった。
「大地には関係ないでしょ」
「……メイコ、もう用事は済んだか?」
突き放すように口にしたところで、心配になったのかオウガがやってくる。
私の鞄も持ってきてくれていた。
「うん。行こうか、オウガ」
一刻も早くそこから立ち去りたくて、早足で歩く。
大地が呼びとめる声が聞こえたけれど、それを無視してその場を後にした。