1.家出少女と異邦人
★メイコが高校生時代のお話で、「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」の本編前のお話になります。ほのぼの学園ラブコメ風です。
★本編から独立してるので、単品でお読みいただけます。
夜の公園は不気味で、あまり近寄りたい場所じゃない。
昼間賑やかなぶん、静けさが増すみたいで……それでいて、どこからか見られているような気持ちになる。
うつむいて溜息を吐いていたら、誰かが目の前に立った気配がした。
「おやぁ? こんな時間に一人か、嬢ちゃん」
街灯に照らされたその場所に立っていたのは、酔っ払いのおじさんだった。
距離が近くて、酒の臭いが凄い。
相手にする気分でもなくて、ふいっと顔を背ければ手首を掴まれた。
「なんだつれないねぇ。折角だし、おじさんがいいとこにつれてってやるよ」
にやぁっと笑った酔っ払いの目が気持ち悪くて、ぞぞっと鳥肌が立つ。
逃げなきゃと思って立ち上がれば、手首を掴まれてしまった。
「嫌! 触らないで!」
「んだよ、どうせ家出してきたんだろうが。ほら、こい!」
酔っ払いの力は強くて、踏ん張ってもずるずると引きずられていく。
片方の手で口を押さえられそうになり、その手に噛みついた。
「くっ、このクソガキ!」
「……っ!」
殴られそうになって目をつむれば、衝撃はこなかった。
ゆっくり目を開ければ、私を庇うようにして男の人が立っていた。
大きな背中。
着物のような服は、どこかの国の民族衣装みたいだった。
「……」
「っあ! 痛い痛い!! わかった、もうわかったから! 」
無言で男の人が手をひねりあげれば、酔っ払いが悲鳴じみた声をあげる。
男の人が手を離した瞬間、酔っ払いはその場から走って逃げていった。
「助かりました。ありが……っ!」
振り返った男の人にお礼を言おうとして、彼の顔を見て固まる。
目が合っただけで、ドクリと心臓が音を立てた。
男の人の瞳は鋭く、迫力があって。
お礼の言葉が喉の奥へと引っ込んでしまう。
とっさに頭を下げて、私はその場を立ち去った。
助けてもらったのに……今の態度はなかったな。
落ち着いた後で、深く反省する。
遠くから助けてくれた男の人へと目をやれば、彼はまだそこにいた。
見たことない服装からして、外人さんなんだろう。
背が高く、がっしりとした体つきをしている。
年は……三十代くらいだろうか。
前髪を後ろへと撫でつけたような髪型をしていて、その眼光はやっぱり鋭かった。
男の人は私がいたベンチの前で立ち尽くしている。
少し俯いて……落ち込んでいるようにも見えた。
もう一度、ちゃんとお礼を言おう。
そう決めて、近くの自動販売機でコーラを二本購入する。
「あのっ!」
声をかければ、男の人が振り向く。
見上げてまっすぐに瞳を見つめれば、驚いた顔をされた。
その目つきの鋭さから、怖い顔の人という印象があったのだけれど。
よく見れば、わりと男らしい顔をしていた。
「これ、一緒に飲みませんか?」
「……」
コーラを差し出したけれど、男の人は黙って私を見つめていた。
やっぱり、外人さんだから言葉が通じないのかもしれない。
その服を少しだけ摘まんで引っ張って、ベンチに座ろうとジェスチャーで示す。
どうにか通じたらしく、男の人がベンチに腰を下ろした。
「これ、お礼です。さっきはありがとうございました」
頭を下げてから、コーラを手渡す。
彼は缶を持ち上げて底を見たり、横にしてみたりしてから……なぜかコーラの缶を自分の額に当てた。
「◎◎、×♯*●△。※◎*、♭∴$※……」
なんとなくだが、お礼を言われているような気がする。
「えっと……缶ジュース、もしかして知らない?」
「……?」
私の言葉に、彼が眉を寄せて首を傾げる。
どうやら缶ジュースを飲んだことがないみたいだ。
「こうやって、ここの部分を前に倒してから後ろにすると口が開くので……ここに唇を付けて傾ければ、中身が飲めるんです」
私の分のコーラを使って、やり方を説明する。
ぷしゅっと音を立てて缶を開ければ、彼は少し驚いたような顔をしていた。
そのままコクコクと音を立てて、美味しそうにコーラを飲んで見せる。
蒸し暑い夏の日のコーラは、やっぱり格別だった。
「……」
彼が私の真似をして缶を開ける。
一度、困ったように私を見てから、それから……缶に口を付けて一気に飲んで。
思いっきり噴き出した。
「なっ……! ◎×♯*!!」
男の人はベンチから立ち上がり、びっくりした顔をしていた。
目をまん丸に見開くその様子からすると、炭酸を飲んだことがなかったらしい。
「ははっ!」
その様子がちょっぴり可愛くて、つい笑ってしまえば睨まれる。
「ごごご、ごめんなさい! 笑うつもりはなかったんです!!」
嫌がらせでこんなものを飲ませたとか、思われてしまっているかもしれない。
そうじゃないんだよと伝えたくて、缶を飲むふりをして、それから口の端を指で持ち上げ笑顔を作ってみせた。
美味しいと思ったから、コーラを渡したということがこれで伝わればいいんだけど。
何度か必死になって繰り返してたら、ぽかんとしていた彼がぷっと噴き出した。
口元に手を当てて、少し体を前に折って。
「◎*♭、$※◎∴$……」
くくっと楽しそうに笑って、私に何かを話しかけてきていた。
強面なのに、意外と……笑うと可愛いかもしれない。
そうやって笑っていたら、怖くないのにと思って、それを伝えようとさらにジェスチャーを試みた。
自分の口元に指先をあてて上へと引っ張り、男の人を指さして。
それから、ガッツポーズを作ってみせれば、男の人の顔が緩む。
「$◎∴△●」
お礼を言われたような気がした。
勢いよく頷けば、彼がベンチに座ってまたコーラを飲み始める。
最初はまだビビっているようだったけれど、やがて慣れてきたのか一気にそれを飲み干した。
コーラを全部飲んだぞと私に示すように、彼が缶を逆さに振る。
ちゃんと伝わったんだと思うと、何だか嬉しい。
男の人から缶を受け取って、自分のもの一緒にゴミ箱へ入れた。
それからまたベンチに座り直せば、男の人が私に話しかけてくる。
「△●♭……」
私が首を傾げれば、彼は広場にある時計を指さしてから、空を指さした。
ちょっぴり私を咎めるかのように、眉間の皺が増えている気がする。
まだ帰らないのかと言ってるんだろう。
伝わっていたけれど、しらばっくれて首を傾げておいた。
これからどうしようかと途方にくれながら、また空を見上げる。
そこを動く気になれなかった。
夜は怖い。
さっきの酔っ払いのような変な人も多くて、とてもじゃないけど別の場所へ行こうなんて思えなかった。
この男の人の側は安全だと、私は学習してしまっていた。
見るからに危険そうな男の人なんだけどなぁ。
顔も怖いし、それに纏う雰囲気が普通の人じゃないというか。
荷物も何も持ってないし……観光をしにきたって感じじゃないよね。
もしかして、私と同じで家出してきたとか?
自分と一緒にしちゃダメだよね。
そう思いながらも横をうかがい見れば、空を見上げている男の人は……寂しそうな顔をしていて。
私の予想があながち間違ってないような、そんな気がした。