5(寝てなさい)
*
母が今朝の残りを温め直し、卵おかゆにしてくれた。
食欲はやっぱりなかったけれども、頑張って少し食べ、処方された三種類の錠剤を飲んだ。
「あー」娘をベッドに寝かしつけ、母は掛け布団を整えながら変な声を出した。「会社戻るのかったるいなー」
おどけた口ぶりに、娘の口元は思わず緩む。
寒いしなー。雨だしなー。雪になりそうだしなー。
立て続けに三つも理由を挙げられるのなら、それはそれで良いではないか。「お休みしたら?」
「それはとても冴えた考えね」お母さんは頼子の頭を優しく撫でる。「うっちゃった案件、ちゃっちゃと取り繕ってくるわ」
「長くかかる?」
すると母は。「ペディキュア塗りながらだったら、乾く時間くらいはかかるかな」
「何云ってるの?」
「ごめん」お母さんは笑った。「ちっとも面白くないね」
「いいよ」頼子も笑った。「大丈夫だから」
「パパッと片付けてくるから」
「大丈夫だから」
娘は言葉を繰り返した。
「急がないで丁寧に、きちんとお仕事して下さい」
母が娘の頬を羽根のように軽く摘んだ。
「分かりましたよ」
手を放し、ローテーブルの上のペットボトルやティッシュ箱、携帯電話を並べ直した。
「何かあったら直ぐ電話」
「おーきーどーきー」
「その調子なら今夜にも良くなりそうね」
「めいびー」
「調子に乗らないで、寝てなさい」
「はぁい」
そして再び、風邪っぴきがお留守番。
*
はっ、と目覚めた。今何時?
カーテンを閉めきった薄暗い部屋の中、壁掛け時計に目を遣った瞬間、ケータイが震え、メッセージの受信を伝えた。
『具合どう? 寝てたらごめん』
風邪菌キャリア、伊織だった。
ちょうど学校が終わった頃合いだ。
返信した。
『良くなっていると思う。午前中は変な夢見た』
返事は直ぐ来た。
『あたしン時は、ちっちゃいおっさんが踊ってたよ』
どんな夢だ。
ふと、父を思った。
二色に切られた世界に立っていた父。
送信:おっさん、何か云ってた?
受信:ホーミー歌ってた。
伊織ちゃんは時々、不思議だ。
いや、時々普通でだいたいが不思議か。
送信:それってUMA?
受信:チュパカブラなら裏の畑に。
嘘をつくな。南米産だろ、あれ。
でも、ネタは拾ってあげるのがお友達。
送信:吸血された?
受信:嘘。河童はあるけど。
何故に河童。
追撃がきた。
受信:今頃、山で凍えてると思う。
山ですと?
送信:河童って山にいるの?
受信:秋に冬毛になって、山に帰るんよ。
冬眠するのか、河童。
はたして今後の人生で河童について語る機会はあるのだろうか。
余程の無駄知識を得てしまった。
『何か欲しいものあったら寄るよー』
伊織の心遣いを嬉しく思いながらも、辞退した。
風邪菌のキャッチボールはやめるべき。
ケータイを置き、カーテンの裾を少しめくった。
空気がひやりと手に触れる。




