1(どうしちゃったんだろう)
まよい雪
咳で目覚めた。
熱っぽくて、何かだるい。
昨夜はなんともなかったのに。
掛け時計を見れば、起床時間の五分前。
どうしちゃったんだろう、あたし。
今朝の空気はいつもに増して硬く冷たい。
痰が咽喉に絡んでる。
気持ち悪くてティッシュに吐き出した。
洟を擤んだら、足りずに溢れて手についた。
ぐすぐす鼻を鳴らしながら結局八枚使った。
なんと云うことでしょう。
洟と痰の塊ができました。
どうにもとても嫌なので、学習机の向うのゴミ箱に向かって投げた。
縁に当たって絨毯の上に落ちた。
はなじる。はなじるが床に。
あー、もう。
最悪。
鼻汁ずるずる。
擤んで拭いて三回続けて鼻紙を放って、栓をするのが冴えたやり方と結論づけた。
ティッシュをこより、鼻に挿す。
これは風邪である。
当り前だ。
だがしかし、風邪とはなんぞや。
頭痛は頭痛だ。
節々が痛い。
咽喉も痛い。
熱っぽい、洟が止らぬ、咳が出る。
複合技が風邪なのです。
いやいや、あんたは只の女子中学生で、お医者さまではありません。
なーのーでー。診断は出来ません。
ゆーえーにー。未知の病に冒されている。
なんかすごい。SFチックだ。
宇宙戦争、始まっちゃう。
トリポッドが攻めてくる。
と、遥か宇宙二十五光年先へ逃避しているところにケータイが震え、地球に呼び戻された。
ガーシュインのラプソディ・イン・ブルー。
プリインストールの激しい電子音。
選んだ理由は、派手でうるさく、耳障りだったから。
ばかっ。自分のばかっ。
腕を伸ばし、画面も見ずに指先だけでオフにした。
途端に静寂。
それが余計に身体の内から湧き上がるような熱さを増幅させたようで、たまらず咳き込み、目尻に涙が浮かび、鼻栓に息苦しさを憶え、再びティッシュに痰を吐き出した。
もう無理。色々、無理。
「よりちゃん? 頼子?」
ノックの後、ドアを開けて母が顔を見せた。「どうしたの?」
母はひと目で娘の異常に気付き、ベッドの傍らにしゃがむと、額に手を当て、「風邪?」
「分かんない」鼻栓アンド鼻水鼻声。「おはよう」ほはひょう。
「おはよう。ひどい? 学校、行けそう?」
「たぶん無理」
「病院は?」
頼子は力なく、「寝てれば良くなるかも」咳が出た。
「駄目じゃない」母は困った顔で、「学校、休んでも大丈夫?」
「うん」
定期試験の終わった三学期は、消化試合でしかない。
教室も学校全体の雰囲気も、目前の修了式と春休みに浮かれている。
月が変れば二年生。
中学最初の学年の終わりに、とんだケチがついた気分。