3話「カナタ様、その地位もらい受けますよ?」
登場人物が増えていきます。
拝啓、お父様お母様。記憶を失った俺は何故か――時を止めてしまっているようです。
俺が転んだことで半壊した城の王の間、そしていたずら心で放たれたレーザー砲。
それを受け止めようとものっそい必死の龍の爺さん。
さきほどまで文官のような見た目だったのに、今では着てた服をボロボロにして筋骨隆々になっておられる。
その姿はまさしくモンスター。炎とか吐き出しかねないね。
だが、その全てが灰色に凍結し、石像の空間に姿を変えてしまっていた。
ホントに時が止まってるのかちょっと気になるところ。
視線を上げると、天井から落ちるカケラが途中で静止していたりする。
あー、これは完全に止まってるわ。時が止まっちゃってるわー。
どうしたもんか。
レーザー砲の処置の仕方だけは記憶がなくても何となくわかる気がする。
この辺りは魔王の特権だろうかね。
すごいな魔王。
なんか凄くムズムズする。自分が未知の力を手にしたみたいでワクワクするな。
その反面、反動、というか今の自分が自分の力で得たものではないから、居心地の悪さもかなり感じる。
ま、それはいい。今はレーザー砲を消さないと。
俺は灰色に止まっている自分の撃ちだしたレーザー砲の中腹辺りまで歩いて行って、手を突っ込み、そのシステムに触れた。
レーザー砲は手応えなく俺の手の進入を阻むこともない。術者が俺だからだろうか。
すると、術のコアのような部分に触れることができた。言葉にできないもにょっとした手応えだ。
なんでそんなことまでわかるのかとっても気持ち悪い……。
やっぱりこの体には魔王として生きたカナタ(俺)が息づいているのだろう。記憶を無くしたとはいえ、魔法を使う生活というのは自分にとって普通だったのだ。
そうじゃないと記憶を無くした俺がいきなりここまで出来るはずもないよな。
つまり今の俺とは……違う。
記憶喪失の部分の俺が培った経験を使って俺は魔法を消すことにした。
言葉にするとこんな感じ。
「アブトラストエターナルジェイズ!!」
するとパンッとレーザー砲は弾けて霧散した。
「き……決まった……」
本当の技名とか知るべくもないんで、その、ネーミングはつまるところの、アレですが。
いいじゃんいいじゃんいいじゃーん!! 別に! 別世界なんだし!
とはいえ、魔法の解除はかなり簡単な作業だった。良かったな爺さん、これでダメージを受けずに済みそうだぞ
しかし、爺さんはこれを消そうとするのではなく、対抗しようとした。違いはなんだろうね。
俺は術の真ん中辺りに手を突っ込んだけど、爺さんの位置ではそんなことは出来ない。
あ、そっか。それだけのことか。
遠隔操作で魔法を消そう! みたいなことはそう簡単にはできないわけね。
ま、今はそういうことはいい。
しかし――。
「困ったな」
今度は別の問題が発生した。
この空間を「元に戻すこと」ができない。
さきほどのように消そうとしても、何をどうすればいいのやら。
時を止めることができたんだから動かせばいいじゃない。という感じになるかもしれないが……。
そもそも術の中心がどこにあるかわからないし、止めたのは俺の意思とはちょっと違っている気がする。
咄嗟に爺さんを殺しちゃいけない、って思ったのがきっかけだったんだし。
システムもわかんなければ書き換えの仕方もわからない。
パソコンで知らないソフトを使ってワケのわからない現象が起こった時のような状態だ。
「どうすればいいんだよ、こんな状況……お、俺のせいだかんな!」
わー、虚しい独り言。
無論、誰も答えてくれたりはしない。対象も自分だからな。
さっきの声も今はしない。こういう時に囁いてくれると嬉しいんだけどね。あのフレンドリーな声。
ま、こういう時、術者の自分しか動けないってのがセオリーなんだろうね。
……いや、案外どうだろう。記憶を失った俺でもうこのレベルなんでしょ?
時間を止められる魔法ってかなり難しいハズ……というかまさに魔法! って感じだよな。
となると、俺の全く予想しないワケのわからない魔法がじゃんじゃん飛び交うんだろうか。
『相手の胸元に自分のスネ毛を挟み込む魔法』だとか……。
『自分の鼻息を耳元で常時感じられる魔法』だとか……。
うえっ。
例えが悪すぎて気持ち悪くなってきた。そういう話じゃない。
いくら俺が魔王だとはいえ、俺より強いヤツなんて山ほどいるよね? ってワケだ。
すると、すぐ俺の背後から声がかかった。
「カナタ様……、何をなさっているのですか?」
「うひゃおっ!?」
龍の爺さんではない声に俺は素っ頓狂な驚き方をした。
人? 人だ!!
緊張して振り返る。
そこにはけぶるような金の長髪を湛える、非常に美しい長身の男がいた。
ゆったりとした優雅な服を着ることでまるで天使のような雰囲気を醸し出している。
この中で動けるのだから当たり前かもしれないが、彼は灰色になっていなかった。
時間の静止した空間で自由に動き回れるようだ。今の俺の反応で若干訝しんでいる態度が伝わって来る。
俺の名前を呼びながらも、こちらを信用している瞳をじゃない。
見た目の優雅さとは打って変わってかなりの激情家を思わせ、スキあらば……という獣のような意思をその目に宿している。
「天使……? 誰なんだ?」
俺の口から単純な感想が漏れる。
しかしその言葉は相手のカンに障ったようだった。
彼の鳶色の瞳が俺を射貫く。やっぱり激情家だ。
しまった。対応を間違えたようだ。
激昂した天使のような男が俺に向かって両手を前に差し出す。友好的な感じじゃない。
こいつの動き、早すぎて目じゃ追えないぞ!?
やばいな戦闘になるのか?
この状態で?
「天使だと……? 私を天使と呼ぶのか? 貴方が!!」
「ちょ、ちょっと待とうぜ! なんでいきなり戦闘になる」
「黙ってこれでも喰らえ!」
うえええ超武闘派じゃないっすかああああああ!!
少しはこっちの話も聞いてくれよ!
天使男はなーんの躊躇も無しに俺に向けて攻撃をぶっ放した。異世界生活たった10分の俺にこんな魔法使ってこないでよおおお!!
赤い光が彼の全身を真っ赤に染め、俺の体を拘束した。
「ぬがっ!!」
「拘力吸収!」
ババッ、という身のこなしの音しか聞こえない……。
ヤツの動きはやっぱり全く見えない。一瞬で俺の視界が赤く染まっていく。血とかそういうものじゃない。魔法による光だ。
ところでこの技には魔法陣らしきものが使われていないのか、ヤツの手元に魔法陣みたいなモノが浮き上がってない。
と、思ったら。
「うえっ、な、なんなんだよこれは!」
俺の体から無数の陣があちらこちらに出現していた。
小さいのから大きいの、まるで俺は包帯に縛られたミイラのように赤い陣で埋め尽くされていた。体から無数の見慣れない文字が浮かぶ姿はどこかの怪談のようだ。
これで俺の体の自由を奪ったのだ。
さらに陣から少しずつ力が吸い取られていく。ぬうう……倦怠感が出てきたぞ。
そうか、この攻撃は自分を起点とするのではなく、相手を起点として相手の力を吸い取る攻撃なのか。
勉強になるぅー。
じゃないよ! やたら冷静だな全く。
誰か俺に説明求む! チラリと横を見れば龍の爺さん。チュートリアル役固まっちゃってるじゃんかよもー! 爺さんカムバックしてくれよー!!
俺の体から螺旋を描くように力の奔流がうねるように男に向かって流れていく。
赤い光に途中キラキラと白色に光るものが見えるなぁ。
俺の劣性を悟った天使男がドヤ顔をしてくる。
おお、結構悪役っぽい顔だな。イケメンが凄むと恐い。イケメン怒らせないように気を付けよっと。
「フフフ……カナタ様……。貴方の霊素は実に甘露だ。まさかこんなチャンスが私に巡って来るとは思いませんでした。天使と言った事も帳消しにして差し上げましょう。その変わりカナタ様、その地位もらい受けますよ?」
コイツ不敬罪で逮捕しようぜ。
ちょっとスローですいません。
あと2、3話でそろそろ世界について触れられそうです。