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27話「勇魔激突-1」

「にゃにするにゃーっ!」

 カリンは翼をはためかすと、自らの目前に冷気を集め、人ひとりを覆い隠せるような氷の盾を生み出した。

 ペトリュスの切っ先は盾の生成速度より僅かに遅れて阻まれ、金属質の甲高い音が周囲に響き渡った。

 ルカがその音に顔を曇らせ、小さな手で耳をぺたんと塞ぐ。

「ままぁ、うるさいなの」

「サイレント・ノート。ちょっとガマンして下さいね、ルカ」

「うー」

 リザリスが呟くと、白い光がルカの耳元に集まる。

 サイレント・ノートは難易度の低い魔法だ。効果は単純で、ある程度の大きさの音から、対象者の鼓膜を守るというもの。

 不可視の防音材のようなものだ。

「娘思いの母親にゃ、といえばいいのにゃ?」

リザリスとカナタの間でカリンが宙に浮いている。

「通しなさい。夫に用があります」

「夫? ああ、ご主人様のことにゃ。でもボクはキミをご主人様のお嫁さんだにゃんて認めないにゃ」

「なんですって?」

 リザリスは鬼気迫る……というかもの凄い迫力のジト目でカリンをにらみつけている。

 カリンはどこ吹く風といった所でふふんをリザリスを見下ろした。

「大体ボクが無詠唱で作ったアイスシールドさえ弾けないようじゃ、ご主人様には一撃だって出来ないにゃ」

「ふむ……夫の使い魔というから多少手加減しましたが、どうやら必要なさそうですね」

「そりゃボクには手加減なんかいらないにゃ。大体ほとんどの魔族はボクにも勝てな……ニャッ!?」

 カリンは異常を察知して身体をよじる。すると先ほどまでカリンの身体があった空間を剣が切り裂いた。

 ペトリュスの淡く蒼い燐光が剣閃の後を追う。

 カリンははためきながら目を細めた。

「ふ、ふぅんだにゃ。流石『勇者』を名乗るだけのことはあるにゃ。まあまあやるにゃ。でも、これはどうかにゃ?」


「おーい、お前ら、やめろー」

 カナタがぼんやりした声で仲裁に入った。

 自分が斬りかかられたというのにぼんやりした緊張感のない声だ。

「何してんだよリザリス。今カリンが折角訓練してくれてるんだから、ジャマしないでくれ」

 リザリスはぽかんとしてカナタの言葉を聞いていた。

「しかもルカを抱いて剣を振り回すだなんて、もしルカに攻撃が当たっちゃったらどうするつもりなんだよ」

「元はといえば魔王が楽しげに……」

「楽しげに、なんだ?」

「何故私は怒ったんでしょうか」

「は?」

 リザリスは質問に質問で返答をした。カナタは首を傾げるだけで、リザリスの次の言葉を待った。

「それはあなたがルカを放り出してその鳥と仲良くしていたからです」

「えっ……?」

「ルカがそれを見て機嫌を悪くしたのです。私も何故か魔王とその鳥を見ていると胸が痛みました。何故なのですか?」

「い、いや、そんなこと言われても。カリンは……」

「カリンはご主人様のモノだにゃあ。っていうか、半分ボクはご主人様なのにゃあ」

 カリンはひとつふたつ翼を羽ばたかせると、カナタの肩に降りたって、もの凄いドヤ顔をした。

「とりさんいじわるなの」

「生まれたてのちびっ子は黙るといいにゃ。そういう意味で最初のこどもはカリンといってもいいのにゃ!」

 カリンの言葉にリザリスとルカゴッズは激震した。

「「えっ」」

 マゴッツが遅れて後ろからやってくる。

 三人の話は途中から聞こえたようで、これから起ころうとしていることを考えると気が重い、という顔をしていた。

「それについてはワシが話しましょうか」

 カナタは苦い顔でマゴッツに視線を向ける。

「頼むマゴッツ」

「わかりました魔王様。さて、カリンは魔王様の魔力で生み出された使い魔ですじゃ」

 カリンは純粋な魔力から作られる黒詠という物質で出来ている。

 素材としてこれを作れる術者は限られており、これを使って加工された物品は小国を傾けることができるほど。

「黒詠は術者の力によって意識を得ることができる特異な物質。魔力が濃ければ濃いほど術者の魂に反応しますのじゃ。しかしカリン、お主が魔王様使い魔だというのはわかるが、こどもというのはおかしいじゃろう」

 カリンはそっぽを向いてマゴッツの言葉を拒否する姿勢を見せた。

「ふんだにゃ。そうなるとむしろご主人様が呼び出したちびっ子をこどもという方がずっとおかしいにゃ」

「とりさん……きらい」

 ルカはじとーっとした目でカリンを見ていた。

「お、おい、カリン。ルカにそういうこと言うなよ」

「ふーんだにゃ。ボクはどうせご主人様の魔力が薄まれば消えちゃうような存在なのにゃ! ずっと生きていられるちびっ子とは違うのにゃー! うにゃーん」

 早口でまくし立てると、今度は翼を器用に使い、顔を覆い隠してカナタに寄りかかって、カリンは泣き声を上げた。

「ふむ、つまり全ては魔王が悪いと」

「どうしてそうなる!」

「しまったにゃ……逆効果にゃ」

 ポツリと呟いたカリンの声は空に消えていった。


 チャキ、とリザリスはカナタの方に剣を向ける。

「私は謝りません!」

「悪いと思ってんじゃねーか!」

「はああ……」

 マゴッツは頭を抑えて溜息をついた。

「魔王様。一度リザリス殿に魔王様の格というものを見せつけてあげるとよろしいかと」

「おいおい、何いってんだよマゴッツ。カリンは俺じゃ勝てないから間に入ったんだろ?」

「宰相殿、それは私への侮辱と見受けられるが如何に?」

 リザリスの身体からは先ほどとは違った種類の魔力が燐光を発していた。

 その並大抵では会得できないオーラを前にマゴッツはこともなげに言い放つ。

「まぁ、恐らく大丈夫だと思いますがの……。聖剣の刀身にだけはお気をつけくだされ。カリンの手加減した授業では味わえない実地の戦闘で、力を磨くのもいいことかと思われますぞ」

「お前、龍の姿をした鬼なのか?」

「昔は龍鬼神と呼ばれておりましたなあ。鬼などまだ可愛いモノです。カリン、手を出してはいけませんぞ」

「激しく消化不良にゃ。でもじいやの言うことも最もにゃ~。勇者」

「なんですか、鳥」

「キミはきっとボクが相手しなかったことを後悔するだにゃ。ご主人様の力が幾らほとんどなくなったとはいえ、ご主人様がご主人様であるという本質はなくならないのにゃ」

「なにを……ワケのわからないことを」

「おいおいお……誰も止めてくれないわけ? ルカ、ちょっとママを止めてくれよ!」

「ぱぱ、がんばってね!」

 ルカゴッズは満面の笑みをカナタに見せた。

「うわぁ…………うん。わかったよ、ルカ」

 カナタは味方が一人もいない状態で勇者と一騎打ちをしなければならなくなった。

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