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23話「寝室鷹匠」

 趣味の悪いドアを開けると、巨大な窓の先で青い星がじいとこちらを見つめていた。

「うぉお……」

 カナタは改めてライブの大きさに呻く。

 一息ついてから見る巨星は、他の者達と一緒だったときとは全く違って感じられた。

 ただただ巨大、そして自然とわき上がる本能の怖気、この世界の人間は常にこの恐怖と戦っているのかと思った。

「いや、ねぇか……」

 生まれたときから世界がこう見えるなら、きっと畏れはしても大丈夫なのだろう。

 そんなふうに考えた。


 部屋は広めだが簡素だった。教室程度の広さだ。

 趣味の悪いゴテゴテの扉から想像するにもっとヒドい室内なのかと思いきや、入り口近くの壁に鏡つきの手荒い場と、左奥に黒い本棚、その隣に長机があるだけだった。

「あれ、ベッドは……」

 見回すものの、ベッドがどこにもない。

 部屋のなかほどまで歩くと、隅からガサッという物音を耳にした。

「なんだ? ……気のせいか」

 物音に振り向くが、特におかしいところはない。左側にドアがあり、その間近に手荒い場があるだけだ。そして左には本棚。

 よく見ると洗い場に黒い鷹の彫刻が施されているのがわかる。だが、今重要なことではないだろう。

 それより今日はもう疲れているのだ。さっさと寝床を確保したい。

「うーん、どこにもないな……」

 カナタは部屋の中を歩き回った。黒い本棚と長机を見るが、そこにはなにもない。長机に蜜蝋で封がしてある手紙と他には文具がいくつか散見される程度だ。

 本棚は今のカナタに理解できなさそうな本ばかりだった。ギッシリ詰まっているというより厳選したものを置いてあるという感じがした。それよりカナタは吸い込まれるような黒い本棚の材質が気になった。つるりとしているのに深く黒い。

 周りの光を吸収しているのかと思うほどの闇色だった。

「すごいな、魔界にはこんなもんがあるのか」

 すると再びガサッ、という音がした。羽音のように思える。

「おい、なんかいるのか?」

 一日中イベント満載だったので、どこかうんざりとしていた。

「やっぱ聞こえたのはこっちの方だよな」

 カナタは洗い場に目を向け、机のある位置から十歩ほど歩いて扉付近に戻った。

 洗い場についている大きめの鏡がライブと自分を映している。

 しかし、やっぱりそれ以外に変わったところは見られない。

 ここまでやってくるとさきほどチラっと見た鷹の彫刻が気になってくる。どうやら鏡の枠の頂点を飾っているようだ。

 こちらにせり出してくるような鷹の全身像はかなりの迫力を放っている。生命力を持つかのごとく猛々しく生々しい。

 よく見れば目が動き出しそうな……

「にゃあ!」

「うわあ!」

 急に鷹の口が開いてひと鳴きした。

 カナタは驚いて後ずさりする。

「鷹がなんでネコみたいに鳴くんだよ! だいたいが彫刻だろ?」

「んにゃあ~、ひどいにゃあ、ご主人様!」

 鷹は体をよじって翼をぺろっと舐めた。まるでネコのようだ。

 鏡の枠から出ようとしているが、そこから動けないように見える。

「お、お前なんなんだ。俺の命を狙ってるとかじゃないだろうな」

「がーん、だにゃ! ひどいにゃひどいにゃご主人様~!」

 威厳の凄そうな鷹の彫刻だったが脱力する声だ。

 カナタは徐々に毒気を抜かれていくのを感じていた。

「ご主人様……?」

「そうだにゃ」

 鷹のキリっとした目尻に涙が浮かぶ。カナタにはこの鷹がだんだん小動物のように見えてきた。

「お前、何者だ?」

「うぅ……龍のじーさんに聞いてたけど実際に会うと凹むにゃあ……」

 鷹は感情表現豊かにくたっと首を折る。

「ボクの名前はカリンにゃ。作ったのはご主人様なにょよ?」

「カリン……カリン……? どっかで聞いた名前だな」

「そりゃそうだにゃあ! ボクの名前だからにゃ! もー、ご主人様、早くボクに触ってここから出してほしいにゃ!」

「っていうか何でネコなんだよ……って俺がネコ好きだからか」

「そうだにゃ。おかげで威厳もなにもあったもんじゃないにゃ」

「わかったよ、カリン」

 カナタはカリンに触れた。

 するとカリンから剥がれるように黒い部分が消えていく。

「にゃ!」

 そしてバサッと部屋の中を舞い上がり、カナタの右肩に羽毛のごとく降りた。

 カナタは肩のカリンに重みを感じていない。

 本当に軽かった。

「にゃあああ~! 記憶喪失のご主人様でもここはボクの特等席だにゃあ! ん~、ご主人様~」

 といってカリンはカナタに自分の顔を擦り付ける。

 なんだかカナタはこそばゆかった。

 なんだかんだでこうしたてらいのない好意を示されるのはここに来て初めてのことだからだ。

 カナタは左の人差し指でカリンの嘴を撫でた。

 カリンはくすぐったそうに体をよじる。本当に猫のようだ。

「ん~、ごろごろだにゃ、ご主人様」

 カリンは上機嫌そうだ。

「記憶がなくて悪いな、カリン。これから俺に色々と教えてくれ」

「ん~、ご主人様とはたくさん話してたにゃ。これからも話そうにゃ」

 カナタは打てば響くような自分のペットにジンと来ていた。

 まさか一番話が通じる相手が過去に自分が作った猫語の鷹だとは思いもしない。

 感慨深く二度三度うなづいて見せた。

「あのさ、カリン、早速なんだけどベッドが見あたらないんだが」

 カリンは右羽をバサと広げる。

「おやすいご用だにゃ! ボクがベッドの鍵なんだにゃあ~」

 そういうと、カリンは一つ羽ばたいた。

 すると部屋がわずかに振動し、長机の近くにこれまた簡素なベッドが出現した。

 地味な木造のものすごく……ふつうのベッドだ。

「うわー、地味」

「うう……」

 カリンが呻いた。

「どうしたカリン」

「ご主人様……このベッドはご主人様の魔力量で変わるにゃ……まさかご主人様がこんなに魔力がなくなっているだとは思わなかったにゃ」

「どういうことだ?」

「今日はご主人様、戦闘はしたにゃ?」

「ああ、雷のオッサンと戦ったぞ。その前に魔力制限をフラゾエルから受けてたし、その時の戦闘でも魔力を吸われてたな」

「正直、それでもありえないほど魔力が落ちてるにゃ……」

 カリンがしょぼんとした。カナタは事情がつかめないが、自分を心から慕ってくれているであろうカリンがそうしているのを見ると自分もまた沈んでくるのだった。

「それは、どのくらいなんだ?」

 カリンが羽音を響かせてベッドの支柱に降り立つ。静かにしていると猛々しいカリンには似つかわしくない止まり木である。

 カリンは両翼を広げて見せる。

「全盛期がこれくらいだとするにゃあ。仮にこの状態を100だとすると」

 今度は両翼を極限まで近づける。羽と羽の先がほとんどくっついていた。

「0.01くらいだにゃ」

「1万分の1かよ!!」

「ちょっと言い過ぎたにゃ。でも確実に100分の1くらいの力になっちゃってるにゃ。さすがにボクみたいなカワイイ子を生み出す力はないにゃあ~」

 へばってしまった。

「俺、それでもそこそこ戦えたんだけどな」

「当たり前だにゃ。ご主人様は最強なんだにゃ! ご主人様、カリンのお願いを聞いてくれないかにゃあ」

「お願い?」

 カナタはお願い、と言われてしまうとちょっと弱い。断れないタチなのだ。

「魔力総量を完全にとはいわないにゃ、でもちょっとは元に戻してほしいにゃ」

「ああ。わかったよ。がんばってみる」

「そうしないとボクはただの彫刻に戻って、ご主人様の記憶を失ってしまうだにゃ。そんなのいやにゃああ~」

 カリンは本当に弱り切った声でカナタに訴えた。

「ま、マジか……それは本気にならないといけないな」

「そうだにゃ! じゃあ明日から特訓にゃ!」

 カナタの誓いを聞くや否やカリンはそれまでの様子がウソだったかのようにりきせつした。

「ビシバシしごくにゃ!  これもカリンの愛なのにゃ! 一方的に受け取るにゃああ!!」


 カナタは、あ、いけね、これ寝る前に聞くべきじゃなかった、と思った。

土日は活動報告の通り、改訂に割いております。出来次第、1〜3回に分けて一気に更新します。その際にはまた新しい話数で触れていきます。よろしくお願いしまーす。

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