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21話「治癒奏々」

 我が娘がもう自分の名前はルカゴッズでいいの!

 と言いながら泣いている。


 シュールな光景だが、泣かせたのは俺だ。


 皆が皆ルカの名前を政治に使おうとするもんだから流石に一喝しちまったんだよな……。カフェのスタッフが数人が倒れてスタッフ同士で介抱し合っている。俺のせいだから自分で介抱してやろうと思ったのにマゴッツには止められるし、ルカがギャン泣きして魔力をダダ漏れにしているせいで俺の腕と胸はすでに灼熱地獄です。服のボタンなんて溶けてるからな。取りあえず心の中でスタッフさんには謝っておく。すいません。


 そしてもうひとり謝らなければいけないちびっ子が。


「ルカー。ルカ? ごめんな、パパが悪かったよ」

「あやまってすむならけいさついらないなのおおお」

 結構口が達者なルカだった。

「お前そんな言葉よく知ってんな」

「るかはぱぱのこだもん! でもおおおお、ぱぱがおこるとこわいのおおおおお!!」

「わかったわかった。ルカに怒ったんじゃない。周りの奴らに怒ったんだ。特にリザリス、お前母親役ならもちっとビシっと決めろよ」

「やくってなんなのおおおおおお! ままはままなのおおおおお! ぱぱふしんになるのおおおおおお! うまれたひにぐれるなのおおおおおお!」

「うちの娘は賢いな本当に。おー、よしよし、そろそろ本気で泣きやんでくれないとな、パパの腕と胸が消し炭になっちまうぞ」

 実際カナタの言うとおりで、彼の腕と胸はすでに炎を抱いているようなダメージを受けていた。ルカゴッズの発する熱は周囲にも広がり、カナタの服についているボタンだけではなく、すでにテーブルの上にあった紙ナプキンが燃え尽きてまさしく消し炭になっている。

 フラゾエルの攻撃なんて比じゃないほどのダメージを受けていた。

 しかも甘んじて、だ。

 本当は魔力を放出すれば耐えられるのだが、今は自らの体で受け止めてやるといわんばかりのやせ我慢を敢行している。

「るかー! ぱぱ死んじゃうぞー! 泣きやんでくれないかなー」

 カナタ本心の願いだ。

 しかし、ルカにその声は届かない。

「べつにるかはわがままじゃないなのおおおおお!」

「わかってるって! 俺は何も言ってないだろ!」

「またおこったなのおおおお!」

「お、怒ってないよルカ~」

 カナタは困っているだけなのだが、ルカゴッズにはまだそういった表情の機微はわからない。もしかしたらそういうフリをしているだけなのかもしれないが。

 この状況でリザリスが動いた。

 マゴッツは慣れたものなのかにこにこしており、フラゾエルは死んだ魚のような目をしている。後者は特に役に立たないに違いない。

「魔王、ルカゴッズを渡しなさい」

「何言ってんだ。俺のルカゴッズを……俺のルカを政治に使おうとしたクセに」

「それはなんというか、順序が違います。魔王がいけません。魔王が。全く、自分の責任を他者に擦り付けて。ほら、ルカ、おいで」

「あっ、おい……」

「まぁま……」

 と、燃える赤ん坊と化したルカを易々とカナタから引き継いで立ち上がり、あやしはじめたのだった。また、ルカも全然抵抗しなかったことが、カナタにはちょっとショックだった。

 リザリスはカナタに向ける視線とは全く違った優しい目でルカを見た。カナタに向ける視線はどちらかというと爛々としている。

「ルカ、さっきはごめんね」

「喋り方が違うぞ……」

「魔王。すいませんが今は無視しますね」

 ルカはまだぐずっているが、リザリスに抱き上げられたことに少しだけ安心したようで、涙は流すものの、リザリスと話す姿勢を見せた。

 カナタはこれにもちょっと嫉妬した。

「ままはどうしてあのりゅうのおじいちゃんとけんかしちゃったの?」

「あのね、ルカ、それはパパが悪いんですよ。パパが私と結婚を選択しない、いわば内縁の妻として……」

「ちょっ、ぅおーーーい! そういうの違う! そういうのじゃない!」

「ではなんですか魔王」

「うわすげえ冷たい目」

「そもそも今はルカと話しているといいました。少しは黙って私の話を聞いていればいいのです」

 ルカはなにも言わずにリザリスの頬を挟んで自分の方に向けた。

「ままは、るかのこときらい?」

 ルカは不安そうな顔をした。小さな胸には不安が吹き荒れているのだろう。

「ルカは、私のことが好き?」

「うん! だってままはままだもん! ぱぱはかなた、ままはりざりすなんだよ? だいすきなんだよ?」

 すると、リザリスはルカのほっぺたをちょんとつついて微笑んだ。

 カナタはライブの明かりに照らされた一組の母子が、ずっと心の中に残るだろうと思った。

「私も、一目見て、ルカのことが大好きになったわ。私もルカを好きでいていいかしら?」

 ルカはその答えにっこりとこぼれるような笑顔になってリザリスにしがみついた。

「まま、だいすき」

「私も大好きよ、ルカ」

「ふううぅ、ままああああ」

 すでにルカの魔力は鎮静していた。

 そんな二人のやりとりに言葉を忘れていたカナタだが、リザリスのてのひらを見て固まった。

「お、おい、リザリス、お前……」

 カナタが狼狽すると、リザリスは笑った。

 リザリスのてのひらはルカの熱を受けて爛れていたのだ。

 勇者とはいえ、リザリスの体は人間としての強度しか持っていない。

 カナタでさえ熱くて火傷しそうだと言っていた熱に、人間の強度で耐えられるはずがなかったのである。

「お前、無茶しやがって。マゴッツ、回復魔法はないのか?」

 ここにきてようやく自分のお鉢が回ってきたマゴッツだったが、逆にカナタへと問い返す。

「治すのは構わないかとも思いますが、そもそも回復……治癒魔法は魔王様の方が得意かと思いますぞ」

「そっ、そうなのか?」

「魔王様の魔法属性は全てを兼ねる『幻』にあらせられますからな。イメージするだけで治癒可能でございましょう」

「お前ら本当に大事なことをポロっと言うな」

「魔王様にとって魔法とはその程度のものですぞ。もちろん、誰にも到達できない領域にございますがな」

 なんだ他にも能力があるのか怖い、とカナタは思った。

 見知らぬ能力も使ってみないことには始まらない。

 カナタはリザリスに手をさしのべた。

「リザリス、手を見せろ」

 すると、リザリスは顔を背ける。

 その反応にカナタは少し面食らった。

「魔王もルカの熱に耐えきったのです。母としての私が耐えなくてどうするというのです。怪我は甘んじて受けるべきです。これは私の母親としての力が足りなかったせいです」

「お前、剣が持てなくなってもいいのか? これはそういう類の火傷じゃないだろ」

 爛れて、本当なら動かすことさえままならないはず。

 痛みに至ってはその比ではない。

 だというのにリザリスは顔色一つ変えなかった。

「お前の勇者としての意志の強さがこんなところでわかるだなんてな」

「わかっていただけて恐縮です」

「でも、それとこれとは別問題だ。意地と未来を天秤にかけるな」

「……お義母さまみたいなことを仰るんですね、魔王は」

 リザリスは少し遠い目をして見せた。

「まま、いたいの?」

「……」

 リザリスは下を向いた。

 我慢してルカを抱いていたのか、本当はすでに腕が震えていたのだ。

 それほどの痛みだった。

 いつもなら魔法障壁で、それ以前に鎧の特殊効果で、更に戦闘時の常時発動型魔法でぐるぐると三重巻き四重巻きにしているため、ここまで自らのてのひらを傷つけたことはなかったのだ。

 爛れたてのひらから、白い部分が露出している。

 カナタはそれを見ていてもたってもいられなくなった。

「我慢するなよ、リザリス、お前もルカの親になってくれるのなら、この痛みは俺と半分にしよう」

「じゃあ、結婚してください」

「すまんがそれとこれとは別だ」

「何故」

「俺はこの世界のことを知らない。お前らは俺のことを知っているだろうが、記憶の欠落っていうのは、そういうものじゃない。俺に時間が必要なんだ。お前たちの事情を押しつけられても、まだわからないんだよ……」

「でも、ルカの親にはなるし、私の手は治すと?」

「そうだ。魔王だからな」

「その、意味も知らないクセに……」

 リザリスは困ったような笑みを浮かべてカナタにてのひらを見せた。すでにボロボロのそれを、カナタは優しく包む。


 イメージするのは、母親の力かな。

 いたいのいたいの飛んでいけ、ってやつ。

 リザリスがルカを泣きやませたように、泣いてはいないけど、心で泣いてそうなリザリスの気持ちを少しでも理解できたら、何かが変わるかもしれない。


 大きな風の力が周囲を満たした。

「こっ……これほどの……」

 あまりの力にリザリスは驚愕し、死にかけていたフラゾエルもガタっと席を立った。

 そしてリザリスを見て歯噛みする。

「カナタ様の治癒を受けているだと……マゴッツ翁、カナタ様は……」

 マゴッツはフラゾエルを手で抑える。

「フラゾエル殿……ついに時間が動き出すのです。怖がる必要はありませぬぞ」


 緑の光の球がいくつも生まれ、リザリスのてのひらに集中していく。風とともにリザリスの傷がみるみるうちに塞がり……というより時間を巻き戻すようにして肉や皮が元に戻っていった。

 カナタとリザリスはいつの間にか視線を合わせていた。

 二人には見つめ合っているという気持ちはなく、ただただこの風を受けて心地よさそうにしているルカのことを一緒に考え合っている。


 だが、リザリスは不意に視線をはずすと、小さく誰にも聞こえない声で感謝を呟いていた。


 カナタの記憶喪失後の一日目はこうして幕を閉じる。

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