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序章「彼方喪失」

「はい、今日はこれで終わりだ。各自宿題やってこいよー」

 ガタガタと机を動かす音が教室に響きわたると、ほんの少しの開放された気分になる。

 気の乗らないホームルームが終わって、終業のベルを後に教室を出た。

「おい、カナター。今日部活あるからなー」

 去り際、クラスメイトの言葉に後ろ手をあげて応える。

 部活は最近サボりがちだ。ちょっとな、モチベーションが上がらないという感じなんだよ。

 部活は好きだし、チームの皆も嫌いじゃない。


 でもま、時々そういうことってあるよな。

 どうしても気が乗らなくて、誰かに声をかけてもらってるってのに、なんかひとりぼっちな気分になる一週間。


 憂鬱はほんの少しのスパイスだ。

 きっと来週からまた楽しく学校生活を送れるさ。

 俺はなんとはなしに窓を見た。空は気持ちよく晴れていて、こんな天気で眠れたら最高だろうなと思った。


 妙に屋上に行きたくなってきた。うずうずする。

 右を向いて屋上に続く階段に足をかけたところで声が飛んできた。


「カナタ? あんたどこに行くのよ」

「おう、ヤサカ」

 声でわかるが一応振り返る。

 私の目を見て話せとうるさいからな。

 こいつは俺の幼なじみのヤサカだ。飾りっけのない、健康だけが取り柄の女だ。周囲は可愛い可愛いと言うが、俺には全然ピンと来ない。まぁ、いい脚はしてるよな。

 小麦色の元気娘ってのがこいつを指すのにちょうどいい。

 陸上やってんだ、当たり前か。

「どこに行くのよ。そろそろ部活の時間でしょ」

「いや、始まるまで30分あるからな」

「ふぅん。嘘じゃないでしょうね」

「嘘じゃねーよ。今日は出るからさ」

「ふふん。私の説教が効いたかな?」

「そういうことにしといてくれ」

 俺は話を終わらせようと階段の手すりに手をかけた。

 ヤサカはそれで離してくれないようだ。

「30分で屋上なんか行ってなにするわけ?」

 干渉すんなよなーもー。

「寝るんだよ。お前も来るか?」

「にゃっ、なな、何言ってんの!?」

 なんだコイツ。なんでびっくりしてんだ?

「ガキの頃よく一緒に寝たろ? 俺とお前の仲で何を気にする必要があんだよ」

「……こどもの頃か。はいはいはーい。きちんと30分で戻ってくんだよ?」

「戻るってー。母親かよ」

「お姉ちゃん、って呼ぶのは許可する」

「あー? 聞こえねー」

 俺はそのまま屋上に上った。


 屋上にはあんまり誰もいなかった。

 元々そこそこの学校だからかこういうところは平和だよな。

 でもまぁ、全然人がいないわけでもない。

 俺はそういう人たちを通り抜けて、屋上の中でも一番高いところ、貯水タンクのある上へと梯子を使って上がった。

 ここに人がいればアウトだが、幸いにも誰もいない。

 空は澄んでいた。冬ほどじゃないにせよ空が高くて、ここでゆっくり寝られれば最高と思える空気だった。

 吹奏楽の練習が始まったようで、遠くで音を合わせている。あいつら熱心だなー。熱心なだけじゃなくって、きっと楽しいんだろう。

 これで演奏が始まったら屋上は特等席なんじゃないのか?

 俺は一人で笑って寝ころんだ。

「あー、なんかさっぱりすんなー」

 疲れてたのかね。俺はすぐに眠りに入った。

 そよぐ風が頬を撫でて、俺はあっさり意識を手放した。


 眠りから覚めると、俺は銀河の中にいた。

「ふぉおおおお!! なんだこりゃ!」

 見渡す限り、星、星、星だ。

 プラネタリウムかここは? 足下も星だらけ。だがなんだ。落下したり浮遊したりする感じがない。足場はしっかりしていた。安心感といえばそんなもんだ。

 全方位の星空にほとんど混乱してる。

 目の前に木星とかなんかが大パノラマかなんかで来られたら失神する自信がある。

「あー! きたー! さんかいめー!」

 小さなこどもの声が聞こえた。

 はっ……夢? 夢に決まってんだろこんなの。

 俺はホッと息をついた。

「ゆめじゃないなの」

 と小さな子の声が後ろから覆い被さるように来たんだけど、そこを見ても何もいなかった。ぼんやりと暗い影が見えだけだ。

「おわっ、なんだよ! え? どこにいるんだ?」

「ここにいるよぉ。きちんとみるの」

「きちんと見る?」

「むずかしいことはわからないの。おめめをぎゅーっ、するの」

「あ? ああ、わかった。やってみる」

 今はこのちびっ子の声だけが頼りだ。俺は目をつぶって、すぐに開けた。

 すると今度は白い部屋になっていた。窓がなくて、奥になんかよくわからない機械っぽいのがある。あー、あれ、もしかしたら地球儀? いや、なんか妙に星の数が多いぞ……。しかも全部、見たことがない星だ。

「そっちみちゃやー。こっちみてー!」

 俺がいたいけな声に視線をさらわれると、そこには本当に小さな、赤ん坊のようなちびっ子がいた。一応喋れるので幼児ということにしておこう。見た目とは若干釣り合わないな。

 だがそんなことはどうでもいい。

 この子はめちゃくちゃ愛らしかった。

 高校生なのに父性スイッチがオンになりかねない幼児だ。

 ここまで来てやっと俺の中に余裕が生まれた。とりあえず宇宙空間に放り出されるだなんてことはなさそうだ。

「こんにちわなの。ここにくるのはさんかいめなの」

「? ここにくるのが三回目? 誰が……」

「むずかしいことはわからないの!」

 可愛い……怒る姿も可愛い。

「ここからあのほしにいくの」

「あの星?」

 幼児が指さした先は地球儀みたいなのががごっちゃになっている機械だった。

「どれ?」

「あのむらさきのなの」

 むらさき?

 俺はじいっと機械を見た。すると中心にあるデカい太陽っぽいのから3番目にその星があるとわかった。

「って、ちょっとまてよ! 行くってどういうこと?」

「いーくーのー!」

 と言って幼児は泣きだした。ギャン泣きである。

 なんだろう、この気持ち。俺も涙が出そうだ。うるさいけど、なんか心に直接響いてくるような、この子のためだったらなんでもしたくなってくるような……。

「ふふっ、なの」

「なんだと!?」

「うそなきなの。ひっかかったなの」

 べーと幼児は舌を出す。

 正直全然怒りが沸かない。

「難しいことがわからないとか嘘だろ」

「ちがうの、さんかいきてるからてにとるようにわかるだけなの」

「完全に確信犯だよな。っていうか3回ってどういうことなんだ?」

「さんかいはさんかいなの。むずかしいの」

 ふむ、どうもめんどいから省いているようだ。

 しょうがない、俺はどうやらここに3回来てるってことがわかればいいんだろ? 多分。

「でも、さんかいめはほんものなの。これまでもほんものなの。でもさんかいめはほんとうのほんものなの。たのしみなの! たのしみなのー!!」

 幼児は元気に手をあげる。涙が出そうなほど愛らしい。

 どうやら俺に元の世界に戻るとか、そういった選択肢はないらしい。

「たましいがみっつにわかれてるなの。だからもとのせかいにもどろうとしてもむずかしいなの。ふたつめのたましいはちょっとこわれてるなの。いつかなおさないといけないなの」

 そして幼児は一呼吸おいて、こういった。

「いくのいや?」

 断れるわけないだろ?

「ありがと」

 幼児は照れて見せた。そして、俺の意識は再びなくなっていく。

「ばいばい、ぱぱ。すぐにあえるよ」

 そんな風に聞こえた気がした。

本日は序章を追加です。

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