カズトは希望を見出す
勝負は一瞬で決するものではない。
それを俺は知っていたし、だからこそ、痛みに耐え抜く精神力が必要とされる事も分かっていた。
そう、分かっていた上で、俺は恐怖していた。
右手と右足を失ったメアリは、だが、まだ、俺よりも強かった。
勿論、強いから勝機があるというわけではないが、こちらを痛めつけるのに力不足というわけではない。
「…貴方の特異性は、触れた箇所を奪う、そういう事ね?」
俺は、肯定も否定もしない。
いや、しないのではなく、出来ないという方が正しいのだろうか。
攻撃に至るまでの速度が尋常ではないメアリを相手にしては、俺の『消失』も本来の力を発揮できずにいる。
正直、自分が痛みを負った事なんて今まで一度も無かったし、そういう点では現状は最悪に近かった。
「敵が敵同士、勝手に潰し合ってくれるというのは、本来なら傍観しておいた方が得ではあるんだろうが、ちょっと退屈してるんだ。俺の相手をして、死んでくれないか?」
その声は、少し離れた場所から聞こえた。
そこに、灰色があった。
声と灰色で俺は青岸だと分かるが、メアリは苛立たしそうに睨んでいるだけで分かっていないようだった。
「誰よ、出て来なさい!」
「招待されたなら、仕方が無いな」
最初から介入するつもりであっただろうに、それをメアリのせいにしようとするのが、青岸の小心で嫌らしい部分だと思う。
灰色の中から、青岸が姿を見せる。
周囲には数名の子供達がいて、なかなかの人望を集めている事が窺えた。
「青岸!」
「青岸…」
メアリの叫びと、俺の呟きは、意味するところがまるで違っていた。
「メアリ、お前には感謝している。どうやっても、俺はカズトだけは手に余ると思っていたんだが、お前のお陰でこいつの弱点が見えた」
危惧していた中では、割と悪い方に事態は流れていた。
出来るならば、俺の弱点を誰にも知られたくなかったし、知られるのだとしても容易に殺せる奴であって欲しかった。
「情報屋…」
「何だ?」
「一時、勝負はお預けよ。私はこの裏切り者を殺す為に、この建物に入ったの。だから、ちょっと我慢して待ってなさい」
滑稽で憐れな提案だった。
もう、この場にいる子供達を除いた3人の中では、メアリが圧倒的に不利な立場であり、敗北が確定していると言っても良いほどなのだ。
それが、青岸を殺し、俺まで殺すと宣言したのだ。
しかし、今、利用すべきは利用する。
「悪いが、お断りだ。俺も弱点を知られちまった以上、青岸を殺さなくてはならない。お前みたいな不確かな奴に、こいつを譲って逃げられでもしたら大変だ。こいつは俺が殺す、それは決定事項だ」
「そう…、勝手になさいな。私は私で、勝手に青岸を殺す」
「お、おい、お前達は敵同士だろうが!俺を殺すって事で意見を合わせんなよ!」
どんな立場になろうと、状況がどうであろうと、本質は変わらない。
青岸は所詮、青岸であって、青岸以外ではない。
つまり、は。
「じゃあ、競争だな。青岸を殺すのは俺だから、譲る気はない」
「望むところね。私が青岸を殺す、絶対に、何が何でも、譲らない」
「片手片足を失ったババァと、弱点を見せちまった雑魚キャラが…」
焦っている青岸、興奮しているメアリ、その中で俺だけが冷静だった。
勝利を夢見ている彼らと違い、俺だけが負けない方法を模索していた…。