青岸内
「これですか?」
カズトが山田を連れて来ていた。
「ここから、声が聞こえて、手が伸びてきて、まあ、青岸君だったわけですよ」
「へぇ、これがねぇ…」
こいつの特異性である『道式論』は、俺が灰色の世界にいても効力を発揮するのだろうか。
もし、発揮するのだとしたら、この灰色もたかが知れているわけだが。
「青岸さんは『灰色』の中から、僕に声を掛けたくなってしまう」
「おっ、『道式論』ですか、山田さん?」
「ええ。でも、本当に青岸さんはこの中に?僕の『道式論』を完全に遮断できるわけが無いと思うんですけど」
まるで、効力はなかった。
それが嬉しくて仕方がなくて、俺は思わず声を出してしまう。
「おい、山田!」
「あっ…、本当にいるんですね」
「山田ァ、俺はお前の特異性に引っ掛かって声を出してやったわけじゃないぞ!」
山田は少しガッカリしたような表情をしていたので、俺は気分が良かった。
「悔しいだろ、山田ァ?手玉にとってたつもりの俺が、お前に言い放題なんだからな!」
この楽しさは何なんだろう。
つい少し前には、俺はこいつに馬鹿にされ、虚仮にされ、見下され切っていた。
それが今や、立場は完全に逆転してしまっているのだ。
「そうか、青岸。僕は、青岸を見下していたみたいだ」
「うわっ、きっついなあ」
「えっ、何がですか?」
唖然とし、呆然とする。
今、こいつは何を言ったのだろうか。
俺の方が上に立ったはずなのに、こいつは何を言ったのだろうか。
「いやいや、今のは思ってても、言っちゃ駄目なやつでしょ?本心は包み隠してあげなくちゃ」
「あっ、そういう事じゃなくて、ですねぇ。発見を口にしただけで、青岸は別にどうでも良いんですよ」
「あらら、上乗せた」
最初から、こいつは俺なんて眼中にないと言いやがったのだ。
この俺が、こいつ程度に。
殺意が迸り、それが言葉となって発せられる。
「覚えてろ、殺してやる!」
もう、こいつに、こいつらに馬鹿にされるのはウンザリだ。
とにかく、行動を起こすのだ。
行動を起こし、こいつらを殺す。
外の世界から灰色を消すと同時に、叫ぶ。
「全員、集まれ!集まってくれ!」
子供達が素早く、ストラが優雅に、ブッチデヨがのそのそとやって来る。
「決行の時刻を早める!祭りの準備を始めよう!さあ、急げ、急げ、出し惜しむな、駆けろ、走れ、始めるぞ!」
「何を焦っておるのだ、青岸よ?」
「そうっすよ。焦っても、楽しい事なんて無いっすよ」
ブッチデヨとストラの言葉なんて、俺は聞く気もなかった。
今、激情に任せて動けないならば、こんな場所にいる理由なんて無い。
「とにかくだ、不意討ちだ、不意を討つんだ!敵は油断しているぞ、敵は慢心しているぞ!今が好機、最大の好機だ!」
カズトや山田も流石に、このタイミングで俺が動くとは思っていないだろう。
激情に身を任せながら、冷静な計算もやっている。
そう、俺は変わったのだ。
ただ、無意味にキレて暴れるだけの凡愚から、激情と計算に身を置く戦士に…。