笑う最強
何も感じず、何も思わなかった。
ただ、あるべき事を、あってしまった事をそうだと理解しただけだ。
「どういうつもりだ、死に損ない?」
自分の攻撃が、王子を殺そうとした一撃が、ジョージによって阻止された。
殺したはずのジョージが五体満足で現れた事については、どうでも良い。
しかし、王子を殺したかったのは、俺よりもむしろ、ジョージの方だ。
それが行われようとした時、それを阻止するなんて矛盾以外の何物でもない。
「助けたわけじゃない、お前を殺すのは俺だ。そして、お前を殺すのも俺だ」
なるほど、理解は出来た。
ジョージは、俺も王子も、どちらも自分で殺したいわけだ。
まあ、王子の方はともかく、俺を殺すのはジョージ程度では不可能な話だったが。
それに、俺の本命は終わらせたジョージでも、殺そうとした王子でもない。
「お前達の争いに、俺は興味が無い。それに、俺の獲物はもう、来てくれたようだ」
視線を転じ、襟櫛を見る。
まさか、自分から建物の外にまで出向いてくれるとは思わなかった。
探す手間も省けた事だし、ここで襟櫛を殺した後で、建物の中に入るべきだろう。
「何でだよ、最強…。襟櫛は、お前が育てたんだぞ。お前は、何を考えてるんだ…?」
何だろうか、その愚かな質問は。
あまりにも異質すぎる愚かしさに、俺は同情すらも覚えてしまい、柄にもなく答えを考えてしまう。
「どんな形で復活しようが、すでに倒してしまったジョージには興味が無い。だとすれば、そのジョージに真っ向から挑み、負けなかった奴を殺してみたいと思った。理由はそれだけで、充分だろ?」
襟櫛が動いた。
ほぼ一瞬で、王子の隣に立つ。
相変わらず、速度は一級品だ。
だが、襟櫛の本質はそこではなく、別にある。
まあ、恐らく、ジョージや王子では理解できないだろうが。
そういえば、カズトや山田は理解しているのだろうか。
また、再開する機会があったら、聞いてみるのも一興かもしれない。
奴らも襟櫛ほどではないが、戦うのが楽しみではある。
「大丈夫か?」
「襟櫛、最強はもう…」
「分かってる。ここには、ジョージまでいる。厄介だな…」
分かってると応じながら、襟櫛の視線にはまだ迷いが見て取れた。
あんな甘い考えを持つように育てた覚えはないが、元々、優しすぎる奴ではあった。
「しゃらくせぇ!俺に勝ちやがったテメェも、俺が勝ち切れなかったテメェも、俺から逃げ回ってやがったテメェも、全部、一切合切、この俺が、『破天荒快男児』ジョージが、皆殺しにしてやるってんだから、さっさと始めるぞ、オラァ!」
急にキレたジョージが、破天荒快男児の一撃を放ってくる。
不意討ちであるからか、そんな遠慮が出来るほどに人間らしさを垣間見せてしまったのか、ジョージは誰にも当たらないようにしたようだ。
まあ、自覚していない可能性もあるので、一応、軽く避けてやる事で彼の挟持は保ってやった。
「最強が、右腕を失うほどの、…何があったんだ?」
「ジョージだよ、襟櫛」
「えっ?」
「ジョージと最強が一騎討ちして、ジョージは最強の右腕を奪い、最強はジョージの命を奪った。そういうわけさ」
王子が見ていたとは気付かなかった。
それだけ、自分が冷静さを失い、必死だったという証拠か。
少し恥ずかしくなる。
「雑魚のくせに、色々と事態を掻き回しやがって…」
吐き捨てるような襟櫛の言葉は、その真意をまるで理解できなかったが、特に興味はなかった。
「王子、一緒に戦えそうか?」
「大丈夫。ただ、この場では自分だけが場違いだと思うけどね」
「いや、心強いよ。俺達だけが、2人で戦えるんだから」
それは、どうだろうか。
王子では正直、襟櫛の足を引っ張るだけの結果になりかねない。
一瞬、襟櫛がこちらを見やった。
どうやら、まだ、俺と戦う事に迷いがあるようだった。
まあ、そんな状態で戦われても迷惑なので、俺はお節介にも言ってやらなければならない。
「襟櫛、余計な事は考えるな。俺はお前と戦う為に今、ここにいるんだ」
俺の言葉を聞いて、襟櫛の雰囲気がようやく変わった。
手塩にかけて育てた襟櫛、俺の右腕を奪う実力があるジョージ、相手にとっては不足無しだ。
どちらをも殺し、俺は俺を証明する。
何故か、少し笑いがこぼれた…。