途惑いの襟櫛
タイミング的に考えれば、全力疾走で駆け付けたとしても、俺では間に合わなかっただろう。
しかも、俺は動揺で足が動きさえもしなかったのだから、全力疾走が云々とかは完全にただの後付だ。
あの時、あの場面において、最強が王子を殺そうとした瞬間、ジョージが破天荒快男児による一撃で介入しなければ、王子は確実に死んでいた。
どこかでホッとしている自分に、無性に腹が立った。
自分で仲間を守る事も出来ず、それなのにホッとしているのだ。
その理由は分かっている。
自分を育ててくれた大恩ある『最強』を邪魔せずに済んだ、その一点に尽きる。
「仲間が殺される事より、師弟関係が壊れなかった事の方が嬉しいのかよ、俺は…」
王子、最強、ジョージの3人が、何事かを言い合っている。
動けなかった事で、今、動かなくなってしまった言い訳を作り、俺はあそこに行けずにいた。
だが、まず、最強が、次にジョージが、最後に王子がこちらに視線を向けた。
途惑い、やがて、それは焦りに変わり、俺はその場面まで一気に駆け付ける。
「大丈夫か?」
「襟櫛、最強はもう…」
「分かってる。ここには、ジョージまでいる。厄介だな…」
分かってると応じながら、実は分かっていない。
何故、最強が仲間だった王子を殺そうとしたのだろうか。
2人で話し合う必要がある。
でも、今はそんな事を言っていられる状況ではない。
ここで、俺と最強が去ってしまえば、王子はジョージと2人っきりになってしまう。
そうなってしまえば、一触即発だ。
「しゃらくせぇ!俺に勝ちやがったテメェも、俺が勝ち切れなかったテメェも、俺から逃げ回ってやがったテメェも、全部、一切合切、この俺が、『破天荒快男児』ジョージが、皆殺しにしてやるってんだから、さっさと始めるぞ、オラァ!」
いきなり、前置きもなくキレてしまったジョージが、破天荒快男児の一撃を放ってきた。
咄嗟に、王子を掴んで飛び退いたのは、別に最強を見捨てたわけではなく、彼ならば大丈夫だろうという絶対的な信頼感があってこそだった。
そして、事実、最強は平気な顔で立っていた。
そう、平気な顔で、しかし、俺は何を見ていたのだろうか、今まで何故、気付かなかったのか。
「最強が、右腕を失うほどの、…何があったんだ?」
「ジョージだよ、襟櫛」
「えっ?」
「ジョージと最強が一騎討ちして、ジョージは最強の右腕を奪い、最強はジョージの命を奪った。そういうわけさ」
その王子の説明を聞いて、符号がいった。
なるほど、命を奪われたジョージに対し、青岸が『灰色』という武器を携えて関わったという事か。
「雑魚のくせに、色々と事態を掻き回しやがって…」
吐き捨てるように言い、俺はそれ以上、青岸の事を考えるのはやめた。
今、この場にいない奴の事よりも、俺は王子を守る必要がある。
最強が、そして、ジョージが、王子を殺そうとしているのだ。
「王子、一緒に戦えそうか?」
「大丈夫。ただ、この場では自分だけが場違いだと思うけどね」
「いや、心強いよ。俺達だけが、2人で戦えるんだから」
今、この瞬間ですら、俺は最強とまで戦わなければならないのかと、自問してしまう。
「襟櫛、余計な事は考えるな。俺はお前と戦う為に今、ここにいるんだ」
理由は聞かない、きっと聞いたとしても理解できないから。
小さく息を吐き、俺は敵を2人と定めた…。