山田の後手
「わしらを相手に、たった1人で大丈夫か?」
「1人で2人を倒せる」
可能な限り、『道式論』を積み重ねていく。
そうしておけば、負ける可能性が減っていくからだ。
正直なところ、必勝の自信はない。
だから、負けないようにしなくてはならない。
まあ、それでも、襟櫛が王子を連れて戻る前に勝とうと思っている辺り、自分も図太いものだとは思うが。
「ふむ、前口上を述べている間に、その特異性で強化されていっても厄介だ。ストラ、始めるぞ」
「了解っす!」
一気に、全景が水に沈む。
油断したわけではないが、見くびっていた。
ここまで大規模な事を仕掛けられるとは、思ってもみなかったのだ。
「泳げる、まるで魚のように」
水の中でも喋れるのは、先程の『道式論』のお陰だ。
そうして、今、泳ぐ事すらも可能になった。
だが、しかし、魚のように泳げる事と、この水の中を主戦場としてきたストラでは、本質がまるで違った。
ほとんど対応する事が出来ず、何度も後方に回り込まれてしまい、その度に正対している内に閃いた。
そう、ストラばかりに集中し、自分はブッチデヨを完全に失念していたのだ。
慌てて彼の姿を探し、その瞬間、ストラの突撃をまともに受けてしまい、水の中を漂わされる。
「誰も自分の目からは隠れる事が出来ない!」
叫ぶ、『道式論」だ。
発動しない、ブッチデヨは見つからず、ストラは悠々と泳ぎ回り、次の突撃機会を窺っている。
何故、発動しなかったのだろうか。
誰も、自分の、目からは、隠れる事が、出来ない。
その時、唐突に水が割れた。
ボタボタと雫を垂らし、ずぶ濡れで佇んでいる。
割れただけで、左右には水の壁が形成されていて、その中をストラは泳いだままだ。
「これは…」
「喰らえ!」
ブッチデヨの叫び、何処だ。
前方から荷物をパンパンに詰めたダンボールが次々と飛ばされてくる。
まともに当たれば、ただでは済まない。
咄嗟に、言う。
「自分は鋼鉄の肉体を持つ、それだから、攻撃は防げる」
次々と飛んできたダンボールが当たっていく。
痛みはなく、傷も負わず、だが、勢いに押され、鋼鉄の肉体も吹っ飛ばされ、弾き飛ばされ、転がってしまう、痛くはないし、無傷で。
そうして、また、全景が水に沈む。
ダンボールが投げられてきた方を見ようとするが、所々に浮かんだダンボールが心憎い隠れ蓑となって、ブッチデヨの姿は見つけられない。
「何処に行った、クソ、何でこんな…」
側面から、ストラの突撃を食らう。
鋼鉄の肉体は、大丈夫。
ただ、また、水の中を漂わされる。
そして、今度はストラが止まらず、波状攻撃を仕掛けてくる。
それに対し、無傷で痛みもなく、ただ、様々に漂い、もみくちゃにされ、自分が何処に立っているのかも分からず、混乱を極めていく。
「どうする、どうするんだ、逃げる、逃げられる、…か?」
水が割れる。
また、ブッチデヨが攻撃してくる。
対処しなければならない、何処だ、何処から来る。
何も来ない、さっきは左右にあった水壁も今は消えていて、ストラの姿も無くなっていた。
意味が分からず、呆然と、そして、恐怖を感じていた…。