メアリ新生
前方から、3人の男が走ってくる。
誰一人として、見覚えがない。
その内の1人が足を止め、残りの2人は通り過ぎていく。
「久し振りだな、メアリさん」
「えっと、貴方は…?」
どうやら、男は私の事を知っているようだった。
しかし、残念ながら、私には全く覚えがなく、むしろ、この場で会話を強要されているようで、あまり良い気はしない。
「情報屋のカズトといいます。昔、現場でお世話になった事があります」
「そう…なの。私が現場に出ていたという事は、随分と昔の話ですね」
正直、どうでも良かった。
私が現場に出ていたのはだいぶ昔であり、だが、今の状況はその頃に戻ってしまったようでもあり、何とも不愉快ではあった。
「今や、組織のトップになったメアリさんが、こんな場所に1人でどうなさったんですか?」
「私は…、私は青岸と…最強を殺しに来た」
最強から離れ、この建物の内部に入り込み、私は何をしようとしているのだろうか。
ここの問題を解決したところで、もう、組織は機能しないだろう。
それなのに、今、私はここにいる。
「へぇ、そりゃ大した野望をお持ちで」
男の言葉はこちらを馬鹿にしているようにも聞こえたが、正直、まるで興味が無い。
その時、過去の記憶が頭を過った。
「情報屋、カズト、思い出したわ、あの役に立たない情報屋ね、カズト、間違いない、役立たずの情報屋」
そうだ、報告にあった。
この建物に入り込んでいる情報屋が、カズトだ。
多額の報酬を要求してくる割には、あまり意味のない情報を寄越すのだ。
まあ、入り込んでいるメンバーの意見では、なかなかの評価を得ていたようだが、それで得られた情報を吟味してみれば、やはり、彼の要求した報酬からは程遠い役立たずの情報だった。
「そうだよ、久し振りだな、メアリ?」
彼の言葉に対し、私は小首を傾げる。
やがて、彼の言葉を理解して、私は笑う、嘲笑ってやる。
「そうなの?今も昔も、役立たずの情報屋なのね?」
「はぁ?」
「私が思い出したのは、メンバーからの報告よ。この建物に入り込んでいる役立たずの情報屋、それを思い出しただけ。でも、どうやら、私と昔、一緒に働いた時も、今と変わらずに役立たずの情報屋だったというわけね。滑稽ね、無様ね、生きていて恥ずかしくないの?」
そうだ、こんな風に吐き捨ててやりながらも全く思い出せないが、かつて彼と仕事をした時も私は彼を役立たずの情報屋と評したのだろう。
恥ずかしさで赤面するカズトを見ながら、私はさらに彼を挑発してやる。
「昔は輝いてたって人もいる、今は成長したって人もいる。でも、貴方はどちらでもない。昔も今も変わらず、役立たずの情報屋、そうでしょ?」
激怒しているようだ。
静かな殺意が、とても心地良く感じられた。
「私を殺したいって顔してるわね?私も今、誰でもいいから殺したいって思ってたのよ。だから、殺し合いを始めましょうよ」
こいつを殺して、仕切り直す。
ずっと、裏目裏目に出ていた選択を覆し、ここから好転させるのだ。
もう、組織は戻らない。
だが、私は生きていくのだ。
この建物の問題を解決し、青岸を殺し、最強を殺し、全てを塗り替えてやる。
その為の、最初の一歩、尊い犠牲として、カズトの死は相応しい。
いや、実際、この役立たずの情報屋には、それ以外の価値なんて欠片も存在しないのだから…。