襟櫛の見た光景
歩いてきた、女が1人。
見知らぬ女だったが、カズトだけが妙に注目していた。
「悪い、知り合いだ。先に行っててくれるか?」
彼の女性関係が全く気にならないわけでは無かったが、今、この場面で追求してしまうほど、野暮ではない。
だから、無言で頷いて通り抜ける。
だが、少し行った先で、やはり、気になってしまったので、山田に問い掛ける。
「さっきの女性、カズト氏とどんな関係なんですかね?」
「さあ…」
何故だろうか、山田の反応が妙に鈍い。
勿論、俺としては単純に色恋沙汰だけに意識を取られているわけではない。
「危険な感じはしませんでしたか?」
「まあ、危険でしょうな。守衛がいるはずの入口を突破してきたのだから、彼女も特異性の持ち主でしょうし」
それが分かっているのに、どうして余裕でいられるのだろうか。
「戻りますか?」
「いや、本当に手助けが必要なら、カズト氏はそう言うと思いますよ。それに、知られたくない過去なんて、誰にだってありますよ」
まあ、そうなのだろうが、カズトにもプライドがあって、素直に口に出来なかったという可能性はないだろうか。
そして、それよりも、突っ込むべき箇所があった。
「山田氏にも?」
無言で頷く山田を見て、やはり、俺は首肯しかねる。
それに対し、山田が溜息を吐く。
怒らせてしまったのだろうかと心配しかけるが、彼が口にしたのは全く別の事だった。
「言葉を吐けないような状態には二度とならない」
「えっ、何言ってるんですか?」
意味が分からず、思わず、そんな風に応じてしまった。
山田が徐々に速度を落としていきながら、笑う。
「どうやら、こちらにもお出迎えですよ」
彼が見ている方を見て、足を止めた。
ブッチデヨとストラがいた。
「襟櫛は王子を迎えに行って下さい。あの2名には因縁があるんで」
「大丈夫ですか、山田氏?」
「勿論。前回のようなミスは、絶対に繰り返しませんよ」
前回が因縁になっているというわけだ。
あれを払拭したいという思いが、今、山田を強くする可能性は確かにあった。
「じゃあ、行きますね」
「ええ、王子によろしく」
「はい。彼を連れて、すぐに戻ります」
「ええ、ええ」
止めていた足を動かし、一気にブッチデヨとストラを抜き去る。
彼らがこちらを一瞥すらもしなかったのは少し苛立つが、今は気にしないでおく。
入口前に達した時、そこの血腥に顔をしかめる。
死体は1つとして転がっていないのに、凄まじい死臭がするのだ。
外に出て最初に見た光景は、最強が王子をまさに殺そうと手を伸ばす瞬間だった…。