カズトの古傷
歩いてきた、女が1人。
俺はその女を知っていた。
「悪い、知り合いだ。先に行っててくれるか?」
襟櫛と山田は無言で頷き、女の横を通り抜ける。
そして、俺だけが足を止めた。
「久し振りだな、メアリさん」
「えっと、貴方は…?」
遥か昔、まだ、彼女が自ら現場に出ている時、俺は彼女と組んで仕事をした事があった。
まあ、その現場は情報屋だらけだったし、駆け出しで碌な情報をもたらさなかった俺の事なんて、彼女が憶えているわけもなかった。
だが、こっちは憶えているのだ、酷く蔑まれ、虚仮にされたのだから。
「情報屋のカズトといいます。昔、現場でお世話になった事があります」
「そう…なの。私が現場に出ていたという事は、随分と昔の話ですね」
正直、どうでも良いといった態度だった。
だが、彼女にとってどうでも良い事だったとしても、こちらにとってはそうではない。
「今や、組織のトップになったメアリさんが、こんな場所に1人でどうなさったんですか?」
「私は…、私は青岸と…最強を殺しに来た」
また、無謀な事を。
青岸はともかく、最強を殺すなんて不可能だ。
あの頃の強大な力を持っていたメアリにしても、最強と比べれば見劣りしようというものなのに、現場から離れすぎた彼女は衰えているだろうから。
そう、すでに俺よりも衰えているだろう。
「へぇ、そりゃ大した野望をお持ちで」
笑う、嘲笑う。
しかし、こちらが眼中にない彼女は気付かない。
それが、妙に苛立つ、心を逆撫でする。
「情報屋、カズト、思い出したわ、あの役に立たない情報屋ね、カズト、間違いない、役立たずの情報屋」
役立たずの情報屋。
かつて、俺はそう評された。
ずっと頭を垂れたまま、彼女にそう罵られ続けた。
灼熱が心に渦巻き、殺意が灯る。
「そうだよ、久し振りだな、メアリ?」
俺の言葉に対し、メアリは小首を傾げる。
そうして、笑う、嘲笑う。
「そうなの?今も昔も、役立たずの情報屋なのね?」
「はぁ?」
「私が思い出したのは、メンバーからの報告よ。この建物に入り込んでいる役立たずの情報屋、それを思い出しただけ。でも、どうやら、私と昔、一緒に働いた時も、今と変わらずに役立たずの情報屋だったというわけね。滑稽ね、無様ね、生きていて恥ずかしくないの?」
報告を思い出しただけ、俺と仕事をした事なんて思い出していない。
赤面する思いだった、勿論、恥ずかしさよりも怒りで。
「昔は輝いてたって人もいる、今は成長したって人もいる。でも、貴方はどちらでもない。昔も今も変わらず、役立たずの情報屋、そうでしょ?」
冷静になる必要がある。
それでも、冷ましてしまう必要はない。
こいつは殺す、何があっても殺す。
今の俺、過去の俺、全ての俺を否定するこいつは、絶対に殺す。
「私を殺したいって顔してるわね?私も今、誰でもいいから殺したいって思ってたのよ。だから、殺し合いを始めましょうよ」
殺し合いなんてするつもりはない。
一方的に終わる、終わらせてやるのだ…。