山田の妥協
ただ、カズトを待っているだけの時間は、恐ろしく長く感じられた。
こちらからは話す事が出来ず、襟櫛はずっと黙ったままだった。
別に何らの呼び掛けもしたわけではないのに、カズトが意外なくらいに早く駆け付けてくれた事に、随分と救われた気がした。
「ストラの奴、真実を教えてくれたんだな」
カズトは開口一番にそう言い放ち、ここに来るに至った経緯を説明した。
「へぇ、アイツらが俺達を人質にしてるって言ってたんですか…」
襟櫛の視線が痛い。
まあ、彼にしてみれば、人質になっているのはこちらだけと思っているのだろう。
「おっ、山田氏、そのままだと意見を言う事も出来ないな」
そう言って、カズトは頭部を両手で撫で回してくる。
彼が水をストラによる攻撃であると認識しているせいか、それだけでこちらの頭部を完全に覆っていた水が見事に消えてしまう。
「これで、喋れるようになった」
カズトは無邪気さを装って笑うが、そんなに単純な男ではない。
こちらからの代償を無言で要求していて、それを差し出さなかった場合、彼がどう動くのかは予想の範疇にはなかった。
「ありがとうございます。このお礼はいつか必ず…」
「いやいや、仲間の危機を救うのは、当然ですよ」
言外にプレッシャーを含ませてくる。
「それで、次はどうしますか?青岸を殺しに行きますか?」
襟櫛はどうしても、青岸を殺したいのだろう。
その好戦性は見習うべきなのかもしれないが、戦いを無理矢理に行う必要はないのではないかと思いもするのだ。
「いや、それよりも、まずは王子と合流しよう。巻き込んだ責任もあるし、仲間は大事にしなくちゃならない」
詭弁だ。
巻き込んだのはカズトなのだし、仲間なんて綺麗な言葉に騙されるわけにはいかない。
「そうですね!確かに、仲間は大切ですよ。合流を最優先にしましょう!」
見事に、襟櫛が乗せられてしまう。
この3人の中では最年少であり、まだ夢を現実よりも重視してしまうのも仕方がない。
そして、3人の内、2人が意見を合わせてしまった以上、こちらが反対しても無意味なのだ。
「…分かりました、それでいきましょう」
いつも、自分は我慢する立場なのだ。
年長者のくせに夢見がちなカズトと、年少者に特有の夢見る襟櫛。
2人の間を繋ぎ、支えてやらなければならない。
溜息を吐き、首を軽く振りながら…。