冴えるカズト
入口には、数人の守衛が完全武装で待機していた。
これは、内部で起こった事に対してというよりは、外部からの侵入を妨げる為だ。
とりあえず、俺は内部の人間ではあるわけで、軽く会釈して彼らの横を走り抜ける。
特段、咎められる事もなく、俺は水浸しになった建物の中を走り続ける。
ロッカーに辿り着き、荷物を慌ただしく取り出す。
襟櫛や山田の荷物も回収してやりたかったが、彼らのロッカーは当たり前に鍵が掛かっている。
俺の『消失』は俺に攻撃してこないものを消す事は出来ない。
まあ、殴ったり蹴ったりすれば、俺の手や足を守る為に『消失』は発動するわけだが、ロッカーの中身も一緒に消してしまいかねないリスクもある。
「まあ、仕方がないか…」
「何が仕方ないのだ?」
突如、隣から声を掛けられてギョッとしてしまう。
ブッチデヨが立っていた。
「久し振りっすね、カズトさん」
逆側から声がして、そっちにはストラがいる。
2人とも灰色を纏っていて、この建物の中か、或いは外までも、自由に出現し放題というわけなのだろう。
「俺に何の用だ?」
戦闘になるならば、それでも構わなかった。
こいつらに負ける可能性は微塵も無かったし、青岸の戦力を削いでおけるならば、むしろ好都合であると言えた。
「お前と取引に来た」
「そう、取引っすよ、カズトさん」
取引、材料は何だろうか。
こちらに提供するものも、こいつらに提供してもらえるものも、想像の範疇には無かった。
「今、わしらは襟櫛と山田を人質にしておる」
「そうっす、2人は俺達の人質っすよ」
過言だ、断言できる。
もしも、本当に2人を人質にしているならば、即座に殺しているだろう。
こいつらの主人が青岸だとして、彼はあの2人を、勿論、俺も同じだろうが、殺してしまいたいほど憎んでいるはずだから。
しかし、人質に取っているという嘘に対して、こいつらが俺に求めるものは何だろうか。
「で、2人を守る為に俺は何をすれば良いんだ?」
「この建物に王子を呼べ」
「王子を呼ぶっすよ、カズトさん」
意外な名前を出されて、俺は戸惑いを覚える。
「王子を?」
「そうだ、王子を呼ぶのだ」
「実は最近、仲間になった男が王子に夢中なんすよ、カズトさん」
「おい、それは言うな。青岸に怒られるぞ」
「ういっす」
注意されたストラも、注意したブッチデヨも、自分達の口が招いてしまった災いを本当の意味では理解していない。
青岸としては俺に余計な情報を与えたくなかったのだろうが、与えられてしまった以上は考えざるを得ない。
結論は簡単だった。
王子に夢中なんていうのはジョージ以外に存在せず、何らかの方法によって彼が青岸の下に立つ事を選んでしまったのだろう。
「分かった、王子を呼ぼう」
元々、スマホを確保しに来た最大の理由は王子を呼ぶ事だった。
だから、どんな形であれ、王子を呼ぶのは構わなかった。
「だが、その前に条件がある。今、襟櫛と山田氏はどこにいるか、教えてくれ」
「ストラよ、教えてやれ」
「今っすか…、今はこの建物の屋上っすね」
単なる嫌がらせのつもりだったのに、こいつらが答えるとは驚きだった。
人質に取っているというのが過言だったとしても、場所くらいは把握できているのだろうか。
そこまで考え、俺は足を濡らす水の事に思い至った。
水は張り巡らせた結界のようなものなのだ。
そう意識した途端、俺の『消失』は敏感に反応し、俺に触れていた水を消し続ける。
「やるっすね、カズトさん」
「お褒めに預かり、光栄至極」
おどけて見せながら、俺はスマホを取り出した。
現状はこちら側がやや不利か、だが、逆転のチャンスはそこら中に転がっている。
何歩か後退り、彼らと距離を開けてから、俺は王子に連絡をとる事にした…。