山田の誤算
窓の前に立ち、考えていた。
確かに、襟櫛の言う通り、『道式論』で分の身を補強して飛び降りた方が正しいのだろう。
だが、と。
『京通』を見る。
ストラの水にやられて、すっかり機能しなくなっている。
しかし、これの運用にトラウマを持っているであろう青岸に敢えて、これを見せてやる痛快さにも興味があった。
「まあ、やってみますかねぇ」
すでに、膝の高さまで達している水を歩き、京通の最後部に立つ。
「水なんて関係ない、京通はいつもと同じでまっすぐ前に進む」
水に浮かび、或いはグッショリと濡れてふやけた京通が、いつもと変わらずに屹立する。
「じゃあ、京通バージョンS1、行きますよ!」
押す、単純に物理で押す。
京通が通り抜ける道に水飛沫が上がっていく。
暫く進んだところで衝撃と共に、京通が止まる。
そして、徐々に押し返されていく。
凄まじい力だった。
「いつもはこんな場所で押し返されたりしない!」
『道式論』の重ね掛け、それを試すのは初めてではない。
だが、多用した事はない。
「わしを押し返すとは…、生意気だな!」
京通の鼻先を押さえている奴の野太い声が轟く。
「万難を排し、突き通す!」
『道式論』、3回の重ね掛け。
一気に勝負を決めてやろうと思った矢先、足元から水が競り上がってくるのを感じ、慌てて叫ぶ。
「何があっても呼吸は出来る!」
それと同時、首から上を覆うように、水の塊が形成される。
危うく、窒息死させられるところだった。
しかし、それを防いだ事による代償は大きく、京通への意識が逸れてしまい、結局、京通は真ん中で割れて無様に壊れた。
「大丈夫ですか?」
襟櫛がいつの間にか、隣に立っている。
大丈夫だと答えたかったが、水の中で空気を出してボコボコとなるだけで言葉は返せない。
「とりあえず、カズト氏と合流しましょう」
襟櫛に抱えられ、目にも留まらぬ速さで移動する。
自分の京通を止めたブッチデヨ、窒息死を狙ったストラがニヤニヤと笑っているのが少し癪だった…。