カズトは登る
「やべぇ、マジか!」
襟櫛に窓から落とされた俺は叫んでいた。
勿論、それは落とされたという事に対してではない。
襟櫛も予想していただろうが、叩き付けられる地面は俺の特異性である『消失』が消し去ってくれた。
ただ、問題なのは『消失』が地面を、そして、地底を消しまくって、衝撃が無くなってしまうところまで、俺を運んでしまった事だ。
空を見上げる、生憎の雨模様、最悪の雨天。
これは地上まで何メートルくらいあるのだろうか。
「この距離は、俺に攻撃的だな…」
ちなみに、何の意味もない独り言だ。
以前、ちょっとした興味から試した事があるのだが、こういう意味での俺に対する攻撃は、『消失』の範疇ではない。
まあ、現在、力仕事をしていて、筋トレが趣味の1つで、学生時代に山岳部の部長だった俺からすれば、現状は困難であっても不可能ではない。
「そうでも思い込まないと、やってられないな…」
目の前の土壁に右足を突っ込む。
これには当然、『消失』が自動的に発動し、何の衝撃もなく、穴を穿つ。
次に右足よりも少しだけ高く、左足を土壁に突っ込む。
そして、右手、左手と続けていく。
穴を開けては上を目指し、螺旋状に登っていく。
残念ながら、懸垂的な真似は出来ないので、あくまでも地味に地道に、穴を開けては少し登りを繰り返していく。
やがて、俺は地上に達した。
どれくらいの時間を浪費したのだろうか。
ようやく、まともに見上げる事が出来た建物は、幾つかの窓から水が噴き出し、灰色が溢れ出ていた。
「この展開を予想できなかった時点で、情報屋は失格だな…」
さて、ここから、俺はどうすべきなのだろうか。
身を隠し、逃げるのもアリだ。
しかし、逃げるにしても、必要な物がある。
財布とスマホ、家の鍵、荷物。
全て、ロッカーに入れたままだ。
結局、言い訳を探しながら、俺はまだ、ここを離れたくないのだ。
全て置いていっても、最終的に『消失』で押し切る事が出来るのだから。
幸いな事に入口まで走ったら数分で辿り着ける。
ただ、不幸な事に、この建物の構造では、入口とロッカーは正反対の位置に配されていた…。