最強を貫く
「ようやく、事態が動き出したか」
呟き、見据える。
目の前には惨憺たる光景が広がっている。
灰色に沈んだ建物、窓という窓から放水しているかのように吐き出される水。
これが異常だと分かって、常人に何が出来るだろうか。
何も出来ない、当たり前だ。
パトカー、消防車、救急車が群がっていて、しかし、建物からは水が吐き出され続けていて、入る事も出来ずにいるのだ。
「そろそろ、組織に要請が出るか」
別に、組織は悪の秘密結社ではなく、テロリストでも無い。
だから、こういう明らかに特異性が関わっているような事態が起こった時、嫌々ではあるかもしれないが、事態の解決が組織に任される事になる。
スマホに着信が入る、案の定だ。
「断る」
出た瞬間に、相手の言葉も待たず、先手を打って告げる。
「まだ、何も言っていません」
「言わなくても分かっている。例の現場だろう?」
相手が息を飲んだ事すらも分かる。
そして、暫く黙っているのは、次の手を考えているからだ。
「分かりました、『最強』は動かない。それで、大丈夫です」
こいつは、ただのオペレーターではない。
組織だ、組織の最上位だ。
「俺は動く。介入するぞ」
「それは、組織を裏切る、という意味ですか?」
「それ以外の解釈が出来るか?」
「どうやら、『最強』などとおだてられ続けて、勘違いしてしまったようですね。貴方も所詮、組織の力が無ければ、何も出来ない社会不適合者ですよ。もう一度、機会を与えましょう。本当に、組織を裏切るつもりですか?」
「自己紹介は終わったか?」
「は?」
「組織の力が無ければ何も出来ないゴミ屑はお前だ」
「分かりました。これから、貴方は敵です。今まで、本当にありがとうございました」
「まあ、俺も世話になったから、お前にチャンスをくれてやろうか」
電話の向こうで、相手が思案している。
だが、しかし、俺はそんな愚考を待ってやるほど、お人好しではない。
「この現場に、組織の全戦力を注ぎ込め。ここには、お前が殺したがっている奴が全て集まる。後顧の憂いを失くすチャンスだ」
「何故、貴方が?」
善意ではなく、偽善ですらない、純然たる悪意だ。
「俺は俺で、ここに集まった奴らを全て殺すつもりだが、それだけでは退屈する。だから、ほんのついでに、組織も皆殺しにしてやるさ」
唐突に、電話が切られた。
これで、また、段階が進んだ。
嬉しくて仕方がなくて、俺は声を出さずに笑っていた…。