襟櫛が駆ける
「そんな事があったんですか」
あまり興味は無かったが、それと悟られないように俺はわざと声を大きくする。
それに対し、カズトと山田は満足そうに頷いていて、2人をガッカリさせなかったようでホッとする。
彼らにとっては青岸の事は重要なのだろうが、かなり気に食わない奴だったし、『灰色』の住人になったのだとしたら、遠慮なく斬り刻んでやろうとすら考えていた。
「まあ、それでなんだけど…」
カズトが何かを提案しようとした時、唐突に耳を劈くような叫び声が響いた。
「何か、叫んでますね。ちょっと、見てきますよ」
2人の返事を聞かず、俺は駆け出していた。
まあ、見た目が変わってしまう系の特異性だから、俺は普通に走る事しか出来ないし、だから、適度に遅く、叫び声がした場所まで来た。
『灰色』だ、『灰色』が広がっている。
すでに、『子供達』が出ている。
それに、青岸と、誰だったか。
確か、カズトに聞いた。
1日でいなくなろうとして、本当にいなくなる事になってしまった奴、名前はブッチデヨ。
それに、残り1人。
夜中に、この建物で何かを探っていた奴、名前はストラだったか。
複数の女性が血溜まりの中、すでに絶命している。
相手が『子供達』であろうと、そうでなかろうと、一般人の、ただのオバサン連中では、ものの数秒で殺されてしまったとしても、無理はない。
「こいつは、危険だ!ストラ、始めろ!」
「じゃ、水の恵み」
ストラを起点に、大量の水が四方八方へと満ち満ちていく。
それと同時、そこら中で特異性が発動していく。
派手な奴が多いから、分かりやすい。
俺も戦装束を纏い、日本刀を二振り、そして、全力で逃げる。
相手の真意が分からない以上、戦いは避けるべきだった。
全速力で駆け、水がまだ届いてない場所でカズトと山田を引っ掴み、窓際まで走る。
そして、有無を言わせず、窓を開けてカズトを放り投げる。
ここは3階なのだから、常人なら死ぬだろうが、カズトの『消失』はあらゆる敵意から、彼を守る。
地面に叩き付けられて、それがカズトを殺す要因になるのだとしたら、『消失』はきっと、それを何とかするのだろう。
自殺する事すらも出来ないと笑っていた彼なのだから、これが最善にして、最高の救助になるだろう。
そして、もう1人の山田には。
「飛び降りて逃げる必要があります。『道式論』で自分を適当に補強してから、飛び降りて下さいね」
「ええ、ええ。襟櫛は大丈夫ですか?」
笑っておく。
「じゃ、また後で」
とりあえず、カズトと山田は助けたかった。
相手の真意が分からなくても、戦いは出来る。
戦いこそ、俺の本領…。