山田の実力
「お疲れ様、どうでしたか?」
山田が悠然と語りかけてくる。
へたれて座り込んでいる俺を見て、こいつは何も分からないのだろうか。
「もう駄目だ、絶対に無理だ、運用を交代してくれ」
「それは、難しいですね」
「カズトから俺に交代するのは簡単だったじゃねぇか!」
「でも、逆は難しいんですよ」
意味がまるで分からなかった。
とにかく、『京通』の運用を続けさせられたりしたら、俺が死んでしまう。
「まあ、僕も10月にはずっと運用していた実績がありますよ。あの頃は大変でしたね」
「はぁ…」
ふと思う、こいつに押し付ける事は出来ないだろうか。
だが、山田は山田で容易に説得できそうにはない。
そもそも、こいつの特異性は面と向かって相手にすると、極めて厄介そうだ。
「運用のコツを教えましょうか?」
黙って首を横に振った。
「でも、コツを掴んでしまえば、『京通』も意のままに操れますよ」
「試しに聞かせてもらおうか」
「そうですか、聞きたいですか」
「いや、試しに聞いてやっても良いと言ってやっただけだ」
山田は少し考え込み、何かを納得したように頷いて呟いた。
「やっぱり、言わないでおきましょう。コツは自分で掴んだ方が良いでしょう」
「ああ、それならそれでも良いさ」
「まあ、僕と同じ境地に達する為、明日からも頑張って下さいね」
明日からも、それを考えてゾッとする。
「では、行きましょうか?」
「はあ?」
「6階ですよ、今日も子供達を相手にしましょう」
「いや、巻き込まれるのは昨日で終わりだ。もう、俺はあの件に関わるつもりは無い」
「逃げているだけでは、正解に辿り着きませんよ。貴方なら、分かるはずです」
そう言われて、何か奇妙な事だが、俺は山田が正しいように感じた。
「分かった、行こう」
「貴方なら、そう言ってくれると思っていました」
山田と一緒にエレベータで6階まで上がると、カズトが待ち構えていた。
少し離れて襟櫛も、すでに戦闘準備を終えていた。
「連れて来ましたよ」
山田がそう言うと、カズトは笑って俺に言う。
「見事に、『道式論』の餌食になったみたいだな?」
俺はハッとして、山田を睨む。
「ネタばらしが早すぎですよ、カズト氏」
「何か、すぐに言いたくなってね」
山田の特異性によって行動を操作されたなんて、許し難い屈辱だった。
「俺を馬鹿にするのも大概にしとけよ、ブッ殺すぞ!」
「実は、青岸さんは僕にそこまで怒りを覚えてないです」
山田にそう言われ、確かにそうだと思う。
俺みたいな組織に所属するような人間が、山田のような素人を相手に本気で怒るなんてありえない。
「まあ、今のはちょっとした悪ふざけだよ」
「あはは、引っ掛かりすぎ!青岸君、防衛手段を考えないと、山田さんに歯向かえなくなるよ」
俺は愕然として、山田を見やる。
「何度もすいませんねぇ?」
『最強』も、ジョージも、カズトも、こいつに比べたら、遥かに劣る。
他の奴は力でねじ伏せ、或いは自動的に無力化するが、こいつは俺自身を変質させるのだから。
「始まりますよ…」
襟櫛の言葉を聞き、俺は巻き込まれたくない一心で、目をギュッと瞑った。
「駄目ですよ。青岸さんの本心は、この『灰色』と『子供達』に興味津々なんですから」
逆らえない、山田には。
いや、違う、そうだ、俺は興味津々なんだ。
そうして、俺はまた、無抵抗に巻き込まれた…。