巻き込まれ損
何もなかったかのように、建物の6階に俺達は立っていた。
さっきまで、鬼神の如くに戦っていた襟櫛が、『狩人』の戦装束と二振りの日本刀を解除し、こちらに向かって歩いてくる。
澄まし顔で、まるで疲れなんて見せない。
俺を一瞥し、視線を逸らす。
どうにも好きになれない奴だ。
勿論、カズトや山田も好きになれないが、襟櫛は根本的に違う。
「お疲れ様、襟櫛。青岸君と話すかい?」
「いや、別に。…興味ないんで」
俺の横を通り過ぎる。
そこで、ようやく理解できた。
好きになれないのではなく、俺はこの襟櫛という奴が嫌いなのだ。
「珍しいな、襟櫛は誰にでも人懐っこいんだけど」
「誰にでもって事は無いですよ、襟櫛にも嫌いな人はいます」
「まあ、例外は誰にでもあるか…。じゃ、青岸君、戻りますか」
「…ああ」
短く応じる。
襟櫛に対する感情で一時的に忘れていたが、さっき、『ビルメン』に見せられた影像が甦り、吐き気を覚える。
何とか忘れたくて、そして、誤魔化したくて、俺はカズトに問う。
「さっき、去年は前衛が3人いたって言ってたけど、あの襟櫛って奴と『最強』、もう1人は誰だ?」
情報料を要求する気なのか、カズトはすぐに答えない。
だから、俺は山田の方を見る。
「王子さんですよ」
「…王子、だと?」
「ええ。3人で前衛をやってくれていた時は、本当に楽でした。僕やカズト氏が戦う事なんて、ほとんど無かった」
「いや、今でも戦ってないけど」
「でも、事件が起こってしまいまして」
山田はカズトのツッコミを無視し、だが、話を途中で止めてしまう。
「ああ、こっちのミスですよ、悪かった、ごめんなさいね」
「非難してるつもりは無いです。提案があった時、誰も反対なんてしなかったですからね」
「おい、そっちで勝手に話を飛ばすなよ」
俺の言葉に、山田はカズトを見て言う。
「話しても?」
「別に。過去が変わるわけじゃない」
「ある時、カズト氏が提案したんですよ。戦力を増やしたい、とね。それが、ジョージさんですよ。王子さんとジョージさんは一緒に働いてたから、連れて来てもらいました。そして、ジョージさんを巻き込んだんですよ、今日の青岸さんと同様にね」
「巻き込まれたから、ジョージは王子を殺すって息巻いてたのか…?」
「違いますね。巻き込まれた時、ジョージさんは精神的に壊れてしまったんですよ。飄々とした性格で大丈夫だと思ったんですけど、駄目でしたね。それからはもう、本当に別人で、日常生活でも子供達が見えると騒ぎ出して、身の危険を感じた王子さんが辞めてしまった後は王子さんの亡霊まで見えるようになってしまって、結局、王子さんを追いかけるように辞めてしまいましたね」
『灰色』と『子供達』について、ジョージが俺に問題を丸投げし、押し付けたのだろうという事が分かった。
「巻き込まれ損じゃねぇか、クソッ!」
「だから言ったじゃないですか、後悔は…」
「後で悔いるって、ね?」
カズトと山田が声に出さず、口の形だけで笑う。
本当に胸糞悪い最低の日だった…。