灰色と子供達
灰色が広がっていく。
徐々に段々と、周囲を侵食していく。
「何だよ、あれ…?」
ふと気になって、俺はブッチデヨの方を見る。
しかし、そこに彼の姿は無かった。
「ここはもう、世界が違う。発端を見なかったら、こっちには巻き込まれないんですよ」
山田は余裕綽々だ。
彼は何度くらい、この灰色の中に身を置いているのだろうか。
「また、同じだな。あっちの奴らは飽きる事を知らなくて、羨ましくなるな」
全く羨ましくなさそうな口調で、カズトが呟く。
俺はブッチデヨのいた方に向けていた視線を戻し、後退った。
「お、おい…、あれって、あ、あれは…、何が…?」
子供がいた、複数。
『灰色』と『子供達』。
俺はその意味を理解できたのだろうか。
いや、今はそんな事はどうだって構わない。
それよりも、重要な事がある。
灰色の中から、子供が次々と現れてくるのだが、全員が全員、まともでは無かった。
「おい、これは何なんだよ…?何の悪ふざけだ?」
1人の少年は、片腕しかなかった。
1人の少女は、頭部の上半分が抉られていて、何とか性別が判断できる程度にしか顔が残っていない。
さらに、別の少年は腹が裂け、腸をダラリと垂れ下がらせていたりする。
「昔々、この建物が立ってる場所は戦場だったらしいよ。それで、その時に犠牲となった子供達があの灰色から出てくるって説が有力だね」
「ガキの亡霊ってわけかよ!ジョージの野郎は、こんなクソみたいな状況で、俺の『ビルメン』に何を期待してやがんだ!」
「ちなみに、この建物では1年に1回かどうかは知らないけど、定期的に慰霊祭みたいなのをやってたりするんだぜ」
「この有様を見ろ、何も慰霊されてないじゃねぇか!」
カズトは肩を竦め、山田を見やる。
「一応、巻き込まれていなければ、被害は滅多に受けないですよ。たまに、突発的に発生した灰色に引き摺り込まれて、無惨に殺されますけどね」
「そいつは、事件だろう。だが、俺は聞いた事も無いぞ」
「ここを辞める人間が狙われる。ここの人間は辞めた奴の事なんて興味がない、警察は灰色に引き摺り込まれるなんて非科学を信じない。完全犯罪、成立だ」
世の中、そんなに単純ではない。
それ以外の事は、誰かが何かを工作しているのだろう。
「それで、巻き込まれたら何をするんだ?」
「殺されないように頑張る」
「は?」
その瞬間、子供達が一斉に襟櫛を目掛けて襲い掛かった。
それをまず避け、襟櫛は握った二振りの日本刀で片っ端から斬り刻んでいく。
だが、子供達も斬られては起き上がり続け、襟櫛に群がっていく。
それは地獄絵図だった。
「去年まではさ、前衛が3人だったから楽だったんだけどね。今や、襟櫛1人。そりゃ、こっちも狙われますわ」
カズトの側面まで侵食していた闇から、原形を留めないくらいにボッコボコに殴打された子供が飛び掛かってきた。
「無駄だって、いい加減に学べよ、『消失』を舐めるな」
子供はカズトに触れる前に、その存在を消してしまう。
「敵意の消失じゃなかったのか…?」
「敵意の塊だったんだろ」
事も無げに言ってのけるが、実際、恐ろしい話だった。
「山田さんの戦い方は、もっとエグいと思うけど?」
「亡霊なんていない。存在しない物から攻撃されるわけが無い」
山田が語ると、数名の子供達が飛び掛かっても、その身をすり抜けてしまい、攻撃がまるで当たらなくなる。
「いや、やはり、僕やカズト氏は襟櫛には劣りますよ。何とかして不意を突けば、なんて希望を一切持たせない攻撃性能。羨ましいですね、僕もああいう特異性が良かった」
改めて、襟櫛を見る。
『最強』が育て上げたジョージに匹敵する存在、その苛烈なまでの強さは異常の域に達している。
一瞬たりとも止まらず、動き回り、殺し続け、油断や隙など欠片も見せない。
この俺が、ジョージを知り、『最強』を知ってる俺が、それでも感嘆してしまうほどに、嫉妬してしまうほどに、凄まじい。
「俺だって…」
カズトと山田の視線を同時に受け止める。
「負けてられるかよ、『ビルメン』を舐めんなよ!」
発動。
そうして見えた真実は、想像を遥かに絶していた。
灰色に染まる日だ、それは子供の心が見せた絶望の色。
子供達が殺されていく、虐待虐殺。
嗤う大人達、子供達は無抵抗に、抵抗しても無関係に、殺し方を試すように、殺し殺され殺し尽くされていく。
「はい、今日は終わり。お疲れ様でした!」
カズトの声で、現実に戻される。
俺は泣いているつもりだった、けど、涙は出ていなかった…。