上へ上へと
「そろそろ、時間だ。行こうか?」
16時30分、カズトが声を掛けてくる。
忙しなく働く時間は過ぎ、今は終わりに向かう緩みが流れている。
「どこに行くんだ?」
「トイレさ、6階のね」
「トイレだと…?」
馬鹿にしているのかと、俺は激しかけた。
でも、すぐに理解した。
6階は、この建物の最上階だ。
トイレは方便に過ぎず、そこに行く事が重要なのだろう。
エレベータに乗り、上へ上へと上がっていく。
エレベータの扉が開くと、ブッチデヨが汗だくになって働いている姿が見える。
今日で辞めるくせに、無駄に真面目な奴だ。
俺と会話していた時の頭が悪い愚かな雑魚と同じ奴とは、とても思えない。
「襟櫛、山田さん、揃ってるかい?」
朝礼の時に見た顔触れが2つ、姿を見せた。
2人とも、両脇にある荷物の列に身を潜めていたようだ。
「襟櫛は準備があるだろうから、山田さんから先に紹介しておこうか」
少し長めの髪をした方が前に進み出て、屈む。
両手をついてないだけで、それは今にも駆け出しそうな姿勢だった。
着ていたラフな服装が戦装束に変わり、二振りの日本刀を持つ。
もう一方、髪の短い方が荷物の列に身を預け、両腕を組んでこちらを興味深そうに見やってくる。
「山田さん、彼の名前は知ってますよね」
「青岸さん、でしたよね?」
「はい。あの『最強』さん、ジョージさん、それに王子様と同じ組織のメンバーです」
俺は組織のメンバーである事を明かされてギョッとしたが、その事について山田も、そして聞こえていたであろうはずの襟櫛も、特段の反応を見せなかった。
「山田です、よろしく。今日は厄介な事に巻き込まれましたね、後悔だけは存分に出来ますよ」
嫌な挨拶だった。
「青岸君、始まるよ」
そう言われて、俺は困った。
仕事に夢中で、まあ、本来の仕事とは違う仮初の仕事に夢中でこちらにはまるで気付いていないが、まだ、近くにブッチデヨがいるのだ。
わざわざ、ブッチデヨを追い払ったのに、こういう形で再登場されるのは、迷惑千万だ。
「アイツ、…が、巻き込まれるぞ」
「大丈夫、心配いらない」
山田は澄まし顔だが、近すぎるのだから不安は尽きない。
「待ってくれ、もう少しだけ。俺がどっかに行かせるから」
「待てない。俺が起こしてるわけではない。山田さんも、襟櫛も関係ない。そういう現象が起こり、巻き込まれるんだ。でも、大丈夫。発端を見なけりゃ、巻き込まれようが無い」
「発端…?」
「特異性を使うかどうかは自由だ。俺のは自動的で、襟櫛は使っていて、山田さんは使っちゃうだろうけど」
「使うに決まってるだろうが!その為に来たんだ。発端はどこだよ?」
「後悔は、後で悔いるって書くんだよなぁ」
その意味を問うかどうか迷いながら、俺は襟櫛の視線の先、山田が顔を向けた方、カズトが指差した場所を見た。
空間が歪み、灰色になっていくのを見ながら、『ビルメン』を使うタイミングを逸していた…。