誘導
俺は、組織の使えなさを呪った。
目の前の男、図体がでかいだけの役立たず、ブッチデヨを見ながら、俺は心底ウンザリしていた。
「どうした、青岸よ?疲れた顔をしておるぞ!」
少し会話しただけで、このデブの無能っぷりが理解できた。
ここに来るまでの間に、この現場の説明を受けたはずなのに、まるで何も分かっていない。
それどころか、相当な勘違いをしている。
「お前さ、先日のジョージの件とか、知ってるか?」
「ジョージ?ああ、『破天荒快男児』か!組織のランク2位を知らないわけが無いだろう!」
「いや、ジョージの事を知ってるか聞いたんじゃなくて、ジョージが先週の月曜に起こした事を知ってるか聞いたんだ」
「また、大暴れして戦果を上げたか!流石だな、組織も彼のような強者がいる限り、安泰だな!」
「だから、ジョージが裏切り者達を殺し、三超将軍を殺した件を知らないのか?」
「何の妄想を話しておる?ジョージは組織のメンバーで、三超将軍も組織のメンバーで、協力し合う関係だぞ!」
こいつは、本物の馬鹿だ。
俺の話を聞いても理解しようとせず、単語だけを拾って会話を成立させようとする。
直近の話題ですらもままならないカスみたいな頭だが、流石に何かしら理解している事は無いのかと問う。
「この現場について、どれくらいの理解をしている?」
「ランクが急降下した青岸を従え、わし主導で何かを成し遂げる!」
いつの間に、俺がブッチデヨの下になったのだろうか。
「それで、何かって何だよ?成し遂げる内容も分かってなくて、どうやって動くつもりだ?」
「手当たり次第に暴れ回って、殺しに殺しまくって、何かが分かったら皆殺しにして、調査開始だな!」
救いようの無い屑だった。
どんなに上手く使おうとも、こいつが俺の役に立つ可能性は皆無だ。
それどころか、無駄に襟櫛や山田を刺激して、こちらの命まで危うくしかねない。
「勘違いしているようだから、一応、言っておくな。この現場に入ったのは、俺が1番目でも、お前が2番目でも無い」
「当然の事だ!どんな場所だろうと、まずは三超将軍が入るに決まっておる!そんな事、組織のメンバーなら、誰でも知っておるぞ!」
もう嫌になってきた。
いっその事、こいつだけが勝手に大暴れして、襟櫛や山田に殺されて欲しい。
だが、経験上、そういう手抜きをした場合、火の粉はこちらにも降りかかってくる。
「分かってる、分かってる。そういう話じゃなくてな、ここには去年、『最強』やジョージも送り込まれていたんだ」
真実をありのまま告げる。
どうせ、この間抜けは深読みなんてしないに決まっている。
下手に策を弄しても、空回りするだけだ。
「どういう事だ?『最強』とジョージがいて、今もこの中にいるのか?」
「いや、いないさ。『最強』やジョージ以外にも、何人かのメンバーが去年までは入っていたんだ」
「何故、今はわしと青岸だけになっておるのだ?」
「決まっているじゃないか。この現場は、『最強』とジョージが組んでも、どうにもならない現場だ。組織はあの2人を失うのが惜しくて、代わりに生贄を差し出したんだよ。俺とお前は、ここで無惨に殺される運命って事だ」
「ば、ば、馬鹿な…事を」
ブッチデヨの声が震えていた。
彼は愚かなくらいに正直者だ。
「今日、ここで会わなかった事にしないか?」
「…えっ?」
「俺とお前は会わなかった。組織には戻れないが、仕方ない。捨て駒にされるよりはマシだろう。どちらも、お互いの決断で逃亡した。お互いに何の相談もしなかった。これなら、逃げられる可能性は高い、だろ?」
「あ、あっ、あ、ああ、そ、そう、そうだな。それなら、大丈夫だ…」
当たり前の話だが、本来ならば、協力し合った方が逃げられる可能性は高い。
しかし、すでに状況に飲まれているブッチデヨにとっては、ここから逃げ出す事が最優先であり、他の事は考えられないのだろう、阿呆だから。
「まあ、分かってると思うが、早退なんてするなよな。普通に仕事を終えて帰宅する演技をしなくちゃ、組織に目をつけられるぜ」
「分かっておるわ!そんな当たり前の事、言われなくても分かっておるわ!わしは、分かっておるわ!」
「そうかい。じゃあな」
俺は残り、ブッチデヨは去る。
とりあえず、邪魔者は排除した。
組織が新たなメンバーを送り込んでくるまでの間に、次の調査が必要になる。
結局、全て1人で解決するしかないのだ…。