脅威
「この部署で、最も警戒しなければならない奴は誰だ?」
警戒しなくても良いと言われたのに、警戒しなければならない奴を特定する事は馬鹿げているかもしれない。
だが、敵の事を知っていなければ、どこで足をすくわれる事になるか分からない。
特異性を持っている奴しかいないとしても、程度の差はあるはずだ。
「厄介なのは、2人だけだ。他は正直、大した事は無い」
実際問題、2人もいると言うべきだ。
「その情報、これでどうだ?」
俺はスマホを出して、その画面に金額を呈示する。
相手が承諾すれば、すぐに送金する手筈だった。
「情報料は、それで構わない。ただ、こんな目立つ場所ではスマホを出さない方が良い。トイレとか、誰にも見つからない場所に限定すべきだ」
「分かった、分かった。じゃあ、送金するから、口座を教えろよ」
「いや、俺は現金のやり取りしかしない。勿論、情報が気に入らなければ、払わなくても構わない」
当然、次の情報も渡さない、という意味ではあるのだろう。
「分かった、金は明日持ってくる。だから、情報を頼む」
「1人目は『狩人』の特異性を持つ襟櫛だ。最年少にして、最精鋭。あの『最強』が認め、最大の関心を払い、最上の教育を施した最高の逸材だ」
「は?…おいおい、待てよ。じゃあ、『最強』は組織に所属していない先天的な特異性の所持者を育てたってわけかよ?」
「そういう事になるな」
「馬鹿な事を言うな!そいつは、組織に対する重大な裏切り行為だぞ!」
「育ててから利用するつもりだったか、そこんとこは俺には分からないな」
例え、そうだったとしても、それを誰にも明かさず、秘密裏に進めた事は決して許される事じゃない。
だが、現状、俺がそれを組織に訴えたところで、握り潰されるのは目に見えている。
今は『最強』よりも遥かに俺の方が、組織と良い関係には無いのだから。
「話はまだ続くんだが、大丈夫か?」
「ああ、悪い、ちょっと動揺しちまった、続けてくれ」
「その襟櫛なんだが、『破天荒快男児』ジョージと一戦交えて、決着つかずだった」
俺は震撼した。
朝礼の時に感じたのは、その襟櫛による圧力だったのだろう。
「そ、それで、その『狩人』ってのは、どんな特異性なんだ?」
「発動と同時に、戦装束みたいなのを纏って、二振りの日本刀を持って、異常に強くなる感じなんだが、実際に見てみないと想像だけでは難しいんじゃないかな?日本人じゃなく、西洋人が考える侍みたいなイメージだろうか…」
どうにも、歯切れが悪い。
とりあえず、分かってる事は近接特化であり、まともに相対したりしたら、俺では抵抗の暇も与えられないという事だろう。
「そして、もう1人、『道式論』山田。俺や襟櫛、青岸君とは違って、ここの人間だ」
さっきの襟櫛と違い、シンプルな紹介だった。
しかし、逆にそれが嫌な予感を覚えさせる。
「具体的には、どういう奴なんだ?」
「直接的な攻撃力で言えば、俺達と大差無いだろうな」
「つまり、面倒な奴って事か?」
「当たらずとも、遠からずだな。『道式論』は、筋道と公式と論理によって構成されていて、それを山田が揺らがぬ心で貫くならば、こちらからはどんな無茶に感じようとも、押し通す事が出来るって特異性だ」
「そんな事が可能だとしたら、それは神にも等しいんじゃないか…?」
「まあ、な。だけど、山田は常識人だから、全人類が空を飛べるようになる、といったタイプの世界を改変してしまうような無茶はやらかしてこない」
常識に縛られている事が弱点だったとしても、常識の範疇は人それぞれであり、その山田が俺にとってのどんな無茶を押し通してくるかは見当がつかない。
或いは、『最強』は山田への布石として、襟櫛を育てていたのかもしれない。
そう考えると、腹立たしい限りだが、どんなに使えなくても、時間稼ぎだとしても、俺は今ある限りの手札として、ブッチデヨを使う必要があるのかもしれない。
「他に欲しい情報はあるかい?」
「とりあえず、これで充分だ。その2人には用心しよう」
とにかく、まずはブッチデヨだ。
彼の実力を確認しなければならない。