転換期
そういえば、スマホの電源を切ったままだったと気付いたのは、すでに日曜の夜になってからだった。
電源を入れると、着信を告げる通知で酷い事になっていた。
まあ、親しい友人から、なんて事は全く無くて、当たり前のように組織からばかりだった。
数分刻みで掛けてきてやがるんだな、と思いながら、履歴に残せなかった分を合わせると、どんな事になってしまうんだろうかと考えて笑う。
そして、笑っている間に、着信だ。
意外にも、着信の表示名は組織ではなく、社長だった。
「明日からの指示でもあるのか…?」
疑問を抱きながらも、組織からの着信よりは気楽な感じで出れる。
「はい、もしもし」
「ああ、青岸君か、良かった」
「えっ、どうしたんです…?」
「いや、何日か、ずっと電話してたんだけど、電源を切ったままだったからね、どうしたのかと思ってね」
「すみません、勉強に集中したかったんで、電源を切ってたんですよ」
俺は火曜から金曜まで休む理由を勉強の為だと言っていた。
正直、平日の仕事なのに、火曜から金曜まで勉強で休むなんて正気の沙汰とは思えない理由だったが、人材がよっぽど足りていないのか、それですんなり通ってしまった時には驚きを隠せなかった。
「なるほど」
納得してしまう社長もどうかしている。
「それで、何度も電話して下さったのは、どんなご用件で?」
「ああ、そうだった。青岸君、申し訳ないんだけど、明日の出勤時間、30分早めて欲しいんだ」
「えっ、どういう事ですか?」
「いや、実はね、君が休んでる間に、部署転換の話があってね。君に相談しようと思ったんだけど、電話が通じなかったから、こちらで大丈夫だと返事してしまったんだよ。まあ、青岸君もまだ、1日しか働いてないから、大丈夫だよね?」
あまりの不意討ちに、俺は面食らってしまう。
しかし、無理だと言って、あの現場に入れなくなるのは困る。
「大丈夫ですよ。明日、30分早く行けば大丈夫なんですね、了解です」
「はぁ、良かった。じゃあ、また明日から、よろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします。では、失礼します」
電話を切った後、つい舌打ちが漏れる。
こういう突飛な事態を防ぎ、現場に入っているメンバーをフォローするのが、組織の仕事の1つなのだ。
それを怠って、馬鹿みたいに電話を掛けまくってきて、何らかの言い訳でもするつもりなのだろうか。
正直、かなり不快だった。
不貞寝でもしてやろうかと考えた時、また、着信だった。
今度は社長ではなく、組織からであり、不快な気分から緊張せずに出る事が出来た。
「何だ?」
「連絡を絶って、何を遊んでいたのですか?」
俺はやれやれと言わんばかりの気分で、肩を竦める。
相手が正面に立っていたとしても、同じ事をしただろう。
「遊んでいたのは、そっちの方だろうが。今、現場の方から連絡があって、部署変更を告げられたぞ。そういうイレギュラーは仕事に支障を来たす事になる。これからは、細心の注意を払ってくれよ」
ビシッと言ってやると、相手は何も言い返す事が出来ないようだった。
「それで、そっちの用は何だ?」
「最初に、通告します。裏切り者の討伐において、組織に甚大なる損害を与えた貴方のランクを大幅に下方修正させて頂きました」
負け惜しみと嫌がらせのコンボだろうか、底意地の悪い奴だった。
「また、ランクか。お前達はそれを随分と御大層に扱っているが、俺にとっては何の意味もない話だ」
「それに伴い、貴方に単独で任務を遂行する力がないと判断し、組織はあの現場に新たなメンバーを投入する事にしました」
一瞬、意味が分からなかったが、それが社長の言っていた部署転換の話と繋がった時、俺の頭は沸騰した。
「ふっざけんなよ!だいたい、裏切り者の件はジョージの介入が全ての原因だろうが!」
「新たに投入されたメンバーは、『勇猛無比剛力無双』ブッチデヨです」
「誰だよ、そいつ…、聞いた事も無いぞ」
「2人で連携して、早期解決を望みます」
「待て、切るなよ!」
だが、取りつく島もなく、電話は切られてしまう。
故意にではないが、電源を切っていた事は組織を相当苛つかせてしまっていたようだ。
掛け直したとしても、決定事項を覆す事は不可能だろう。
そして、こういう事になってしまった以上、仮に『最強』が戻りたいと主張してしまえば、アッサリと通ってしまうだろうし、逆に俺がそこで外される可能性すらもある。
何にしても、来週が正念場だ。
覚悟を決めて、俺は眠りに就いた。