思惑
あの信長にしては、細やかな心遣いが黒い壁にはあった。
突破を試みている段階で、自壊してしまったのだ。
そして、自壊して開けた視界で俺が最初に見たのは村田の姿だった。
ジョージの元に向かっていたはずの彼がどうしてここに立っているのか、全く理解できなかった。
『ビルメン』を黒い壁だけに限定したのは失敗だったのかもしれない。
「黒い壁が壊れた事で分かっただろうが、信長は死んだぞ」
実は、もう1つの可能性も考えてはいた。
すでに、誰かしらがジョージを殺してしまったという可能性だ。
ジョージが死んでしまえば、俺を閉じ込めておく必要が無いからだ。
「ジョージに殺られたのか…?」
「ああ、そうだ。奴の敗因は、汗臭さだ」
「ふーん」
興味を惹きそうな箇所で話を止めた事に違和感を覚えた俺は、ある事に気が付いた。
俺を閉じ込めていた黒い壁は確かに自壊してしまったわけだが、まだ、例のちゃちな迷宮は残ったままだったのだ。
一方は信長が殺された事によって壊れたのに、もう一方は壊れずに残っている。
「彼がどうやって殺されたのか、気にならないのか?」
信長の事を、最初は奴と呼び、次に彼と呼んだ。
村田は何を動揺しているのだろうか、彼らしくもない。
「おい、話の途中だ、『ビルメン』を使うな」
機先を制される。
まあ、『ビルメン』は使っていても村田の『血戦』みたいな外的特徴は全く出ないので、彼の前で平然と使ってやっても構わなかったのだが 、それを許さない雰囲気が確かにあった。
「よぉ、話は終わったか?虫の息で転がってやがったくっさいコイツを連れて来てやったぜ」
ジョージがいた。
死にかけている信長が放り投げられる。
「な、何があった…?」
「やれやれ、穏便に済ませようと思ったが仕方ない。2人とも殺してやるから、覚悟しろ」
何故、村田が俺に殺意を向けるのだろうか、意味が分からない。
「意味が分からないって顔だな、俺が教えてやるよ」
「ジョージ、面倒な事はやらない主義では無かったか?」
「まあ、そう言うな。何も分からないで死ぬのは、コイツだって嫌だろうさ」
死ぬ前提なのが、俺はそもそも嫌だった。
「お前の策で、俺はチャイと戦う事になった。まあ、相手にもならずに殺してやった時、汗臭いコイツが現れやがったわけだ」
「おい、脚色するな。チャイは善戦していたのに、信長の出現に思考を乱されて、結果的に敗北しただけだ」
「見解の相違だな。とりあえず、話の続きとして、俺に見つかったコイツは、お前の策をべらべら喋りやがったわけだ。それを遅れて到着したコイツが聞いちまって激昂しやがって、ボッコボコにしたって寸法さ」
村田は黙っている。
信長への怒りは、当然、俺にも転嫁される怒りだ。
だから、殺意の理由は分かった。
しかし、それならば、村田はどうして黒い壁が無くなった時点で、俺を殺さなかったのだろうか。
それに、彼自身が攻撃を加え、尚且つ、生存していた信長をジョージに殺されたように印象付けたかった理由は何だろうか。
「そうか…」
村田はジョージよりも先に、信長を殺すつもりだったのだ。
その罪をジョージに擦り付けようとした。
直接、目撃していたわけではないが、俺を証人にしようとしていたのだろう。
だから、あの時点で俺に『ビルメン』を使われるのは嫌だったというわけだ。
使ってしまっていれば、俺が信長の生存に気付いてしまうから。
ただ、ジョージの行動によって、村田の策は破綻した。
証人にならないどころか、余計な事を知ってしまった俺は、村田にとってはただの邪魔者であり、殺戮対象という事だ。
当然、生かしておいても意味がないのだから、ジョージもこの場にいる全員を殺すつもりだろう。
信長はすでに身動きが出来ず、自分で生死を定める事が出来ない。
彼とは違い、動ける俺には簡単に諦める選択肢など、認められなかった。
ジョージと村田の勝者を俺が殺す。
そうした上で信長を救ってやり、証人にする。
今、この場で最も冷静なのは俺だ。
その確信を持ち、俺は『ビルメン』を発動させた。