3/168
生じる油断
「おはようございます」
「あっ、おはようございます。彼、今日からなんですよ」
守衛らしき老人に『社長』が相変わらずの笑顔で頭を下げ、近付いていく。
俺は自動ではない扉の前から動かず、老人を観察する。
目的上、いざとなれば、障害になりうる存在だった。
その物腰、その所作、その眼光からして、かなりの場数は踏んでいそうだが、容易に対処できそうな気がする。
ある意味、突破する事だけを考えれば、背にしている扉の方が厄介なくらいだ。
老人が社長から視線を外し、俺の方を一瞥する。
睨み合うほどの時間すらも視線は交錯しなかったが、まるで俺の考えを見透かしているような光を湛えていて、俺は自分のズレた感覚に舌打ちしたくなる。
ここは決して安全地帯ではない、建物の外観だけで感情があれだけ揺れた事すら、すでに俺は忘れかけていた。
社長もそうだが、逆に言えば、この老人も俺にその事を失念させた一因なのだとしたら、軽く見る事は愚かだった。