策に溺れ
とにかく、まずは見ているだけだった。
最初の時点で俺のやるべき事は何もない。
せいぜい、信長が不安にならないよう、自信に満ちた顔をしておいてやるくらいだ。
「凝った演出だな」
思わず、呟く。
突如として、ジョージの後ろに回り込んだ、いや、正確には回り込ませられたチャイが、ジョージの避けた血を筆ですくって、勇ましく構えていた。
「ただ、近くに出現させただけでは、すぐに遠ざかってしまってお終いだ。ちゃんと戦う意思を見せる必要があると思ったからね」
村田がチャイを叱責し、ジョージが明らかに苛立ちを見せていた。
肝心のチャイは勿論、意味が分かっておらず、構えた筆の扱いに迷っているようだった。
「さあ、2段階目だよ」
ちゃちな迷宮が出来上がる。
正直、信長の想像力が欠如してると言わざるを得ない出来だったが、贅沢は言っていられなかった。
「じゃあ、行ってくる」
「ま、待ってくれ」
「何だよ?」
ここまで舞台を整えてくれれば、信長の役目はすでに終わった。
話す事など、話す時間など、無駄以外の何物でもない。
「ふと思った事なんだけどね、この迷宮を作ったのは僕なわけじゃない?」
「ああ、そうだな、感謝してるよ」
機嫌を損ねて迷宮を消されたりしたら、流石に困る。
「だから、この迷宮に一番詳しいのは、僕という事になるよね?」
「何が言いたい?」
「いや、感謝するのは、僕の方なんだよ。作戦をタダで提供してくれて、本当にありがとう。もう、君は用済みだから、さようなら」
「信長、お前!」
四方八方、黒い壁に覆い尽くされてしまう。
利用するつもりが、見事に利用されてしまう。
しかも、相手はあの信長だ。
「クソッ!この俺が、あんな奴如きに…」
深呼吸をして、心を平静な状態に戻す。
信長の事だから、組織に咎められるような行動はしないはずだ。
それこそ、例えば、俺をここに閉じ込めた上で殺してしまうような。
時間稼ぎ、足止め、そういう事の為に用意した黒い壁なのだろうから、突破口はあるはずだった。
外では、俺の予想に反して、チャイが少しも動揺を見せずにジョージと戦い始めている。
信長がそこに忍び寄っていく姿、村田もそちらに向かっているのが分かる。
そこまでの情報を得た時点で、俺は外の事を無視する事にした。
あまりに広範囲で『ビルメン』を使うよりも、今はこの黒い壁を突破する為だけに使うべきだと考えたのだ。
この時点で、まだ、俺は諦めていなかった。