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その男は
「社長…」
その男は『社長』と呼ばれていた。
勿論、そんな役職名が本名ではなく、何かしら名前があるのだろうが、俺にとってはそれを認識する意味がない。
何故なら、俺は男を利用しているだけであって、これから深い仲になろうとか、そういう気持ちが全く無いからだ。
むしろ、この建物に入ってしまった後では邪魔なだけであり、出来る限り早期的に切り捨てたい。
「行きましょうか?」
「あ、はい」
ふと、気付く。
いつの間にか、建物に対する感情が薄れている。
俺を先導するように歩き出した男の顔に張り付いた笑顔のせいだろうか。
初めて会った時から今までずっと、男は笑顔のままだった。
俺はちょっとだけ、ほんの少しだけ、男が笑顔でない時はどんな時なのだろうかと考え、その下らない疑問に軽い苦笑いを浮かべながら、男の背中を追いかけて歩き始めた。