戦いの前
裏切り者は逃げ続けていた。
そして、俺は追い続けていた。
裏切り者がこちらの追跡に気付いているか、それは分からない。
ただ、俺としては半端なところで迎え討とうと足を止めたり、諦めて戻ってきたりされても困る。
出来れば、アジトなどを用意していて、そこで待ち構えてくれるのが理想だった。
そうすれば、俺の『ビルメン』で建物を把握してしまい、一気に封殺してやれる。
「まあ、そんなに上手くいくわけもないか…」
やがて、裏切り者はよりによって、繁華街のど真ん中で立ち止まってしまう。
別に、一般人を巻き込みたくないとか、そういう殊勝な考えがあったわけではない。
一般人はただの障害物で、敵にも味方にもならないが、邪魔にはなるのだ。
誰かを待っているのか、キョロキョロと辺りを見回している。
『ビルメン』を使っている以上、あまり接近しても仕方がないので、俺はスマホをポケットから取り出す。
これから、戦闘になる以上、相手の情報が欲しい。
スマホに入っている数少ない番号の1つにして、発信履歴に残っている唯一の番号に電話を掛ける。
「情報を頼む。『獅子と蛇』、組織の元メンバーだ」
「名前は『王子』、特異性は『獅子と蛇』、ランクは貴方よりも上でした」
どうせ、名前は偽名だ。
特異性の名称はそもそも知ってる。
組織内のランクなど、『最強』が存在する以上、1位になれないのだから、気にしても仕方がない。
まあ、2位が敗者の1位であるなどとは言わない。
組織の2位は、場合によっては『最強』を凌駕する可能性があると俺は思っていたりするから。
「余計な事は語るな。『獅子と蛇』っていうのは、何が出来る?」
「獅子の獰猛さと、蛇の狡猾さを使い分ける事によって、戦闘を有利に進める事が出来ます」
「つまり、何も分からないって事か?」
「彼は組織に入る時、無駄な抵抗をせずに受け入れました。仕事は単独行動を好み、報告には結果だけを書いていたようです」
最初から、特に期待はしていなかった…が、少しくらいは役に立つかもしれないと、甘い考えがなかったわけではない。
「他に必要な情報はありますか?」
何らの情報も提供してもらっていないから、電話の向こうにいる相手の言い種にはイラッとする。
「もういい!…いや、ちょっと待て」
『ビルメン』が捉えた景色の中で、『獅子と蛇』王子の周囲に嫌な顔ぶれが集い始めていた。