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青騎士  作者: シャーパー
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山田と襟櫛とカズトと…

「建物がこんなおかしな形で転がってるなんて有り得ないですねぇ」


そんな風に『道式論』を使い、転がっていた建物を元に戻す。


そして、ちゃんと入口から中に入り、動かなくなってしまったエレベータを見て首を横に振り、ゆっくりと確実に上へと向かって行く。


2階、3階、4階、5階、6階。


その上を見て、頷く。


「いよいよ、京通の秘密を暴く事が出来るのですねぇ」


実際はもう、京通が何だろうと、どうでも良かった。


ただ、カズトや襟櫛と再会して、彼らと普通の日常を過ごしていければ良かった。


しかし、今、それが叶わない以上、彼らと目指した京通の秘密を暴く事こそ、繋がりを大事にしているという事になるような気がして、だから、屋上に向かう階段に足を掛ける。


「山田氏…」


声が聞こえた。


弾かれたように振り返り、そこに灰色を見た時、咄嗟に身構えてしまったのは仕方がない事だと思う。


やがて、その灰色が大きくなり、そこから出てきた姿に、言葉を失う。


襟櫛だった。


何故、襟櫛が灰色の中から現れたのだろう。


それを考え、結論が出てしまうと、さらに何も言えなくなる。


「山田氏、驚きましたか?」


「まぁ、そうですねぇ、襟櫛が灰色から登場して驚かなかったとしたら、そっちの方が驚きですよ」


少し混乱してしまっている、それを自覚する。


「俺は、ジョージと青岸を追って、灰色の世界に入ったんですよ」


年長者として、カズトが不在の今、襟櫛を守ってやらなければならなかったはずなのに、彼が灰色の世界という選択をする事を止められなかった事が悔やまれる。


しかし、実際、どうなのだろうか。


確かに、青岸をどうにか出来るチャンスはあった気がする。


だが、ジョージは無理だ。


流石に、接点が無さすぎる。


それでも、何か出来る事は無かったのだろうか。


「そんな顔しないで下さい。灰色の世界に行く事を決めたのは、俺自身です。それについては、後悔なんてしてないですから」


「襟櫛…」


「とにかく、現状を話し合いましょう。そして、これからの事も…」


まず、最初に襟櫛の話を聞いて、次に自分の話をする。


「そうですか…、あの道化が青岸と同様に、化物となっても意識を保てるタイプだったんですね」


「青岸もそうだったとすれば、むしろ、元が弱かったからという事なんですかねぇ」


正直、青岸も道化王も、どうでも良かったのだ。


2人にとって本当に大事なのは、カズトの行方についてだった。


「結局、カズト氏はあの扉の向こうから帰って来てないんでしょうね」


確かめたわけではないが、そうだろうと思う。


「まあ、あの人の事だから、その内、ひょっこりと姿を見せるかもしれませんねぇ」


「御名答。ってか、ちょっとミスったんだけどね」


また、灰色が現れ、そこからカズトが顔を覗かせていた。


「カズト氏!」


襟櫛と2人同時に叫んでしまった。


カズトが完全に姿を表し、少し照れたような様子を見せて言った。


「いや、想定外の感動っぷりだな。何とか間に合って良かったという事だな」


そこからのカズトの話はあまりにも荒唐無稽で、簡単に受け入れる気にはならなかった。


ただ、灰色の世界で生きていこうと決め、ずっとこの地に留まっていたくせに、最近になって気まぐれで世界一周の徒歩旅行とやらに出発した挙句、予定が狂って完全に事態が終息する現時点まで戻れなかった辺りが妙にリアルで、実にカズトらしいというか、ありえそうな話に思えてしまう。


「嘘、じゃないんですよね…?」


「そっちにとっては別れてから何時間も経っていないんだろうが、俺にとっては数十年振りの再会なんだぜ。下手な嘘なんかで誤魔化しちまうほど、短くはなかったな」


「実に貴方らしいというか、馬鹿らしいというか、本当に困った人ですよ、カズト氏は」


「おいおい、暗に俺が馬鹿だみたいな結論を出そうとするな。おっと、後ろが詰まってるから紹介するよ、俺の家族を」


カズトが出てきた灰色から、ゾロゾロと姿を見せていく者達がいた。


無傷の子供達と、1人の男。


「まあ、知っている顔もあるだろうし、知らない顔もあるだろうさ。とにかく、全員、俺の家族だ」


どこでどうなって、彼らが家族になったのかは分からない。


だが、カズトにはカズトの人生があって、そこで何十年という年月を彼らと過ごしたのだろう。


その絆に嫉妬するのは、何か違う気がする。


襟櫛の話と自分の話を聞いて、カズトは興味深そうではあったが、青岸やジョージ、道化王や九達、最強の事に特別な言及をする事はなかった。


「それで、ですねぇ。今、屋上に行って、全てを開けてしまったら、ついに京通の秘密を暴く事が出来ると思うんです」


そう、これは隠し玉だった。


カズトや襟櫛を驚かせる為の、とっておき。


「あぁ、そうか、京通があったな…」


カズトの反応は恐ろしく鈍い。


「京通ですか…。そういえば、誰もがそれを知りたかったんでしたっけ」


襟櫛の反応もかなり悪い。


結局、灰色と京通が関わりない事だと分かった以上、より濃く灰色の方に足を突っ込んでしまっている2人にとっては、京通なんてすでに興味の欠片も見出だせないのだ。


どうして、自分はそんな事も分からなかったのか。


だが、恥ずかしくなってしまう前に理解した。


襟櫛とカズトの話を一気に聞いて混乱してしまい、自分も彼らを驚かせたいという一心で伝えてしまったのだと。


「もう、京通なんて、興味はありませんかねぇ…」


「いや、屋上に行こう。全ての始まりを終わらせる為に」


カズトの言葉に、襟櫛が頷いた。


「何か、数十年も生きてきたおじいちゃんは言う事にも貫禄が出てくるものですねぇ」


「おいおい、年寄り扱いするなよな。俺と山田氏は、10歳も違わないだろうが」


「いやいや、もう、100歳は超えているんでしょう、おじいちゃん。年寄りの貫禄がありますよ、ねぇ、襟櫛?」


「そうですね。カズト氏は、新おじいちゃんだ」


「アタシもおじいちゃんって呼んでもいい?」


「僕もカズトさんの事、おじいちゃんと呼びたいです」


子供達が次々と連呼していく様子を見て、谷川が大声で笑っている。


「お前ら、覚えてろよ」


「じゃあ、新おじいちゃん、そろそろ行きますかねぇ」


「カズトおじいちゃん、足元には気を付けて下さいね」


襟櫛も実に楽しそうだった。


カズトだけが不満そうだったが、実はそんなに怒っていない事も分かっていた。


いや、それはきっと、その場にいる全員が分かっていただろう。


6階までの階段と違い、屋上までの階段は実に楽しかった。


心が踊った、愉快だった。


そして、屋上の扉を開ける。


内部も灰色ではあったが、襟櫛やカズトが現れた時の灰色とは違っていた。


だが、建物を包むようになっている灰色は、彼らの時と同じようだった。


「屋上が開いていないなんて、本当に変ですよねぇ」


『道式論』によって、屋上を開いた。


その瞬間、全員が空にいた。


「これは…?」


「これが、京通…?」


「えっ、京通って空を飛ぶっていう事なんですか…?」


そんな馬鹿な、と考えた時、靴底の感触に気付いた。


「歩けますねぇ、ここ、歩けますよ。この先、何処へと続いているんですかねぇ」


先導するように、自分が先頭を歩く。


空の道は地上よりも早く速く、テレビでは頻繁に見る景色をやがて全員の視界に入れてくれた。


「東京…?」


「京都から東京を通じる京通ってか?笑えないな…」


笑えなくても、きっと、それが答えなのだろう。


このシステムを利用すれば、莫大な利益を得る事が出来る。


まあ、それだけの話なのだろう。


実は、灰色の世界や特異性の方がよっぽど秘匿すべき事なのだろうが、秘密にされてきたというだけで京通は特別になったのだ。


「こんな物の為にあれだけの犠牲者を出して、ですか…」


「帰ろうか。もう、満足したよ」


カズトが踵を返し、子供達が騒ぎながら続き、いつの間にか仲良くなっていた谷川と襟櫛が喋りながら追い掛け、そして、自分も元来た道を引き返しながら、小さく呟いた。


「この道はもう二度と、誰にも使えなくなってしまうんですけどねぇ」


下らない秘密は、『道式論』で終わらせてやる。


建物に戻った時、それを包む灰色は消えていた。


それでも、カズトも襟櫛も、灰色の中に帰ると言った。


建物の灰色は京通に関連していて、自分達とは無関係だと。


だったら、それなら、自分だって灰色の世界に行きたい。


そう言おうとして、それが彼らの決断を馬鹿にするような気がして、言い出せなくて、だから、決意を込めて宣言する。


「では、ここでサヨナラですねぇ」


「ああ、元気でな」


「山田氏、俺達の事、忘れないで下さいよ」


「ええ、ええ、忘れませんとも」


時々、ここに顔を出しますよと、それは言わなかった。


果たせるか分からない約束は口にしない方が良い。


灰色の世界に入っていく彼らを見送った後、いつも通り、自転車に乗り、建物の敷地を後にする。


周囲にいる者達は誰もが自分の姿を見て見ぬ振りをする。


そういう『道式論』だ。


そして、最後の『道式論』だ。


きっと、もう、特異性を使う事はない。


自転車を漕ぐ。


景色が歪んで見える、泣いているわけじゃないのに何でだろうか。


泣いてなんかいないのに…。

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