襟櫛の思い
「俺を殺すつもりか?」
その意外な問い掛けに、俺は途惑いを隠せなかった。
ただ、それでも、ジョージをすでに殺してしまっていた俺には、余裕があった。
だから、あの青岸に向かって、この俺が笑顔で応じた。
「勿論、そのつもりだ」
「殺さないでくれ…」
「今さら、命乞いか?」
「俺は今、戦えないんだ…」
それは、失望を覚える発言だった。
不意を突くように、俺は青岸に斬撃を振るう。
今までと同じように、甲冑は俺の斬撃を防ぎ、奴は小揺ぎもしなかった。
「元々、お前は俺と戦えてなんかいないさ。俺が攻撃して、お前が受け止める。それだけだっただろ?」
「分からない奴だな、この馬鹿が!今、俺は特異性を失った一般人なんだよ!襟櫛、お前は一般人を嬲り殺すつもりだってのか?」
瞬間的に沸騰し、俺は青岸の兜を撥ね上げていた。
そう、まさに撥ね上げる事が出来てしまっていた。
俺と、青岸の視線が交錯する。
何を求めたか、青岸が愛想笑いを浮かべてきたが、俺はとても笑う気にはなれなかった。
ただ、奴を睨み付け、そして、怒りを感じていただけだ。
「ど、どうする…?一般人になった俺でも、殺すかよ?」
「逃してもらえるとでも、期待したか?」
「卑怯者が!一般人を殺すなんて、最悪な奴だな、お前は!」
「期待させたか、逃してもらえるって?」
「俺はお前を許さない、俺は…」
ぎこちない、あまりにも無様な動作で、奴は槍を落としてしまう。
それは、彼の言葉が真実を示していたという証拠であり、失望が俺の心を翳らせていく。
「何で、俺だけが力を奪われなくちゃならないんだ!」
「厄日だったか、日頃の行いが悪かったか、どっちもだったか…」
「…殺せ。これ以上、生き恥を晒しても仕方が無い」
醜悪な見苦しさを秘めた顔に、俺は吐き気を覚える。
もう、これ以上は見ていられない。
「分かった。じゃあな、青岸」
青岸がニヤリと笑う。
俺の返答にどんな夢を見たのか、それを問い掛ける事すらも馬鹿らしい。
二振りの日本刀を構えた瞬間、それを視認した青岸は何かを叫ぼうとして口を大きく開いていた。
「喋るなよ、鬱陶しい…」
一閃、それだけで充分だった。
何も感じなかった、何も思わなかった、何も考えなかった。
ただ、ただ、ただ、邪魔なゴミを処分しただけだ、それだけ。
「俺はこれから、どうすれば…」
ここは、誰もいない灰色の世界だ。
ここに足を踏み入れた事に後悔はない。
それでも、俺は思うのだ。
山田やカズトと再び会える日は来るのかと…。