カズトの笑顔
俺が時雨に『ビルメン』を渡した事で、それがどんな影響を与えてしまったかは分からない。
ただ、影響が出るとしても、それは青岸に対してであり、少なくとも、襟櫛や山田が巻き込まれる事は無いだろうから、不安に思う要素はなかった。
そうなのだ、そのはずなのだが、気になってしまうのだ。
ここが過去だとして、俺の行動は未来である彼らの世界に何らかの影響を与えてしまうのではないだろうか。
まあ、襟櫛や山田の特異性を誰かにくれてやったりするような事は避けたいものだとは思う。
「俺はまた、彼らと再会する事が出来るんだろうか…」
きっと出来ない、そんな気がする。
もう、俺は戻れない。
あの扉を開いて、そして、あの階段を上がって、あの建物に。
「何で笑ってるの?」
いつの間にか、隣を走っていた茜が不思議そうに聞いてくる。
そうか、俺は笑っていたのか。
懐かしさからか、自嘲からか、或いはそれ以外の何かなのだろうか。
「何で笑ってたと思う?」
「楽しいから!」
「楽しい、か…」
俺は結局、楽しんでいたのかもしれない。
最初は稼ぎの良い場所だと思っていた、恨んでいたメアリの組織を手玉に取り、儲けるだけ儲けてやろうと思っていた。
やがて、灰色と子供達が出現した頃から、俺は山田や襟櫛と協力し、最強と関わり、楽しんでいたのだろう。
「ああ、当たりだ。俺は楽しいから、笑っていたんだ…」
「でも、今は寂しそうになったよ?」
見透かされすぎていて、嫌になる。
俺はもう、山田や襟櫛に会えない事が寂しいんだろう。
「ま、楽しくて寂しいんだよ。とりあえず、行くぞ」
茜が俺の服をギュッと握った、子供に心配されてるようでは先が思いやられる。
「大丈夫だって。お前達は俺に従ってれば、それで全てが上手くいくさ」
頭を撫でてやろうとして、自分には似合わないと考えて、ポンと頭を軽く叩いた。
「カズトさん、あそこです!」
前方から時雨の声が聞こえた。
谷川と健一と唯がいた、そして、あの男もいた。
服部だ。
佐々木に言われて休んでいると思っていたが、どうやら戻って来たらしい。
「やはり、貴様は存在していたようだな、侵入者よ!」
例のライフルが、その銃口が鈍い光を見せている。
「何か久し振りな気もするが、そっちの感覚ではあまり時間は経過していないんだろうな」
「何を言っている、貴様…」
「そういえば、佐々木は始末しておいてやったぞ。目障りな上司がいなくなったわけだ、俺に感謝しろよ」
「佐々木さんを…。貴様ァ、よくも!」
ライフルを撃った瞬間、茜が握っていた服を引っ張って、俺を助けてくれた。
正直、あのライフルをも無効化できるのか、試してみたいところではあった。
ただ、賭けに出るには、その代償が俺の命だとしたら、ちょっと高すぎる気もする。
それに、谷川も、子供達も見捨てて、勝手に死ぬのは、巻き込んだ俺としては許されないだろう。
「次は避けられると思うなよ!」
俺はそれを聞いた瞬間、咄嗟に服部のライフルを消そうとした。
だが、そのライフルは特殊な仕様らしく、俺の『消失』を無効化してしまう。
流石に、今度は避けられないかと思った瞬間だった。
銃声が響いた。
最初、俺は自分が撃たれたのだと思い、それを覚悟して、それでも、服部だけは消してやらなければ気が済まないと考えた。
だが、痛みはなく、視界の中で崩れ落ちるように倒れる服部がいた。
やがて、視界が完全に開け、銃を構えた谷川の姿が確認できた時、俺は全てを理解した。
「俺を、助けたのか?」
「勘違いするな、貴様を助けたのではない。貴様が死んでしまえば、残されたこっちの身が危ういと思っただけだ」
「そうかい。でも、助かったよ。感謝するぜ、谷川」
「だから、助けたわけじゃないと言っているだろう、カズト」
谷川が初めて俺の名前を呼んだ。
それが何を意味するのか、それくらいの事は俺にだって分かった。
だから、俺は笑う。
そう、俺は今、寂しさなんてない楽しいだけの笑顔を浮かべているはずだ…。