襟櫛の進む道
暫く拮抗した戦いを続けていた青岸が急に動きを止め、何かを思案しているようだった。
「何を考えてる、負けた時の言い訳か?」
挑発のつもりすらもなく、特に考えて言ったわけでもなかった。
「それは、お前が考えてろよなぁ、馬鹿がア!」
白銀の長槍を繰り出してきたが、簡単に避けてやる。
速度は俺の方が圧倒に速い。
ただ、お返しとばかりに浴びせた一太刀は、背中を斬ってやったにも関わらず、まるで意味を為さない。
どうにも、奴の纏っている青い鎧が頑丈すぎて、こちらの攻撃が無意味に終わってしまっている。
まあ、それでも速度で俺が優っている以上、結局、勝つのは俺という事になる。
「俺の勝利は確定してるって事だよなぁよぉ、オイ!」
何を寝ぼけているのか、青岸が妄言を吐く。
また、長槍を突き出してくるが、遅すぎて欠伸が出るくらいだ。
「勝利が確定しているなら、俺を殺したらどうだ?」
「言われなくてもよぉ殺ってやんぞ!」
今度はあからさまに挑発してやったのだが、それに見事に乗ってしまうのが青岸らしかった。
また、例の如く、長槍を突き出してくる。
余裕で避けてみせると、少しは頭を使ったのか、追撃で薙いでくるが避けるのは造作も無い。
さらに、姿勢を屈めて足元を払おうとするが、少し距離を離してしまえば、長槍の間合いを外してしまう事が出来るので無意味だ。
逆に大上段に構え、叩くように振り下ろしてきた時は、直線の動きである以上は身を傾けるだけで避ける事が出来てしまう。
最後の手段か、両手で確りと構えて突撃してくる。
避けても避けても方向転換して突撃を続けてくるが、そんな児戯めいた攻撃を繰り返す意味が理解できない。
まあ、闘牛をいなすマタドールのような気分で、少し楽しくもあった。
何分か続けた後で、青岸の動きが少しだけ鈍くなった。
化物となっても自我を保っていたわけだが、疲れも感じるのだろうか。
突如、俺の後方に灰色が出現する。
退路を断つ、という意味合いなのだろうか。
それにしたところで、横にも、それこそ、前方にしたところで、逃げ道は幾らでもある。
しつこく、突撃を仕掛けてくる青岸を、身を躱すだけで避けたのだが、彼はそのままの勢いで灰色に入っていってしまう。
「逃げた、…のか?」
逃してしまったという悔しさはない。
さて、これからどうしようかと思案しかけた時、地震が起こって驚かされる。
暫く経っても地震は続き、治まる気配は一向に無かった。
その内に、今までよりも凄まじい大きさの地震になって、やがて、この建物自体が動いているのではないかと、馬鹿げた妄想が頭を掠める。
「…いや、実際、動いてないか?」
やはり、建物が動いている。
窓から見える景色が移動し始めている。
いや、移動しているのはこの建物なのだろう。
その時、ふと気付いた。
青岸が灰色を出しっ放しにしている事に。
あの中には、青岸とジョージがいる。
心が疼いた。
青岸は俺が殺す、ジョージは最強と俺から逃げた。
ごく自然と、俺の足は灰色の中に向かって歩き始めていた…。