幸せカズト
「何故、死体を消した?円筒器を元に戻しておいた理由も教えろ」
巨漢が詰問調で問うてくるが、それに答えてやる義務はない。
それに、理由なんてないのだ。
何となく、嫌がらせ、まあ、その程度のものだ。
後から考えれば、死体は消さなくても良かったとか、円筒器は元に戻さない方が良かったとか、そういう風になってしまうのかもしれないが、まあ、そうなったらそうなったで、別に俺は構わなかった。
「死体を消して円筒器を戻す理由なんて、1つしかないだろ?」
そんな風にはぐらかそうとしながら、適当な答えを頭の中に構築していく。
「この『消失』が無くなっているのを見て、それを発見した奴はどう思う?まあ、十中八九、盗まれたのだろうと思うはずだ。しかし、あの佐々木って奴まで同時に消えていたら、どうだ?佐々木自身が盗んだ、そう考える可能性があるんじゃないか?当然、『消失』を盗んだ奴に佐々木が消されたという可能性も考慮されるだろうが、それでは円筒器が壊されずに『消失』が無くなってしまっている理由が分からないって感じだな」
「恐ろしい奴だな、貴様は…」
「そうか?」
軽く応じながら、自分で適当に考えた答えが意外なほど、状況に合っている奇跡に驚いてしまう。
「これからは、その銃で撃つ必要はない。俺が消した方が速いからな。まあ、護身用にでも使うが良いさ」
「化物が…」
「違うって。言っただろ?俺はただの凡人さ」
「貴様のような奴を俺の世界では凡人なんて呼ばない」
巨漢のその台詞に、俺は妙に感銘を受けてしまう。
例えば、彼が俺は異なる世界から来ているのだと知っているのだとしたら、別段、何という事も無い台詞なのだろうが、そうではないのだから特別だ。
「なあ、お前の名前は何ていうんだ?」
「谷川だ」
「俺はカズト、改めてよろしくな」
「どうして、名乗ろうと思った?」
名前を聞いて答えてもらったから、というのが理由だった。
そして、名前を聞いた理由は、今しかないと思ったからだった。
「ずっと、貴様なんて呼ばれ方をしていたら、俺も気が滅入っちまうさ。だからだよ、それだけ」
「貴様は本当にただの盗人か?」
「ただの凡人だが、さっき、ただの盗人にもなったようだ」
「やはり、度し難いな、貴様は」
「貴様じゃなくて、カズトって呼べよ」
「気が向いた時に呼んでやる」
「じゃあ、俺は谷川を谷川って呼ぶぜ、構わないよな?」
「勝手にしろ」
「さてと、忘れかけていたが、唯と健一を助けてやらないとな」
「どこにいるのかも分からんのに、どうやって助けるというのだ?」
「簡単だろ、そんなの。こうやって手当たり次第に開いていきゃ、その内、天命は下るさ」
佐々木のいた研究室の向かいにあったドアを、俺は消し去ってしまう。
そして、視線が合った名も知らぬ研究者も、有無を言わさずに消してしまう。
「ここはハズレ。じゃ、次に行こうか」
「ゾッとするな、貴様の淡白さには」
「優しすぎてか?死ぬ時に痛みを感じないなんて、最高に幸せだろ」
「まず、死ぬのが幸せじゃない」
見解の相違だった。
まあ、平行線になるような議論は避けて、俺は次に目についたドアを消し去って…。