切り替える青岸
俺は襟櫛と対峙しながら、同時に『ビルメン』で灰色の世界をも見ていた。
悲しい事に『ビルメン』だけを使っていた頃の俺なら、こういう芸当は不可能に近かった。
青騎士になった俺は、処理速度も上がっているのだろうか。
きっと、そうなのだろう、自分では良く分からないが。
そして、肝心の灰色の世界では、やはりと言うか何と言うか、予想通りにジョージが戦況を有利に進めていた。
まあ、拮抗よりも僅かに傾いているというだけに過ぎないので、何かがあれば逆転も可能なのかもしれないが、何かはない気もする。
それは、メアリが八つ裂きに動き、ジョージが殴りかかり、本当にそれだけで展開している戦いであり、それ以外もそれ以上も有していないように見えるからだ。
俺みたいな特別な存在ではなく、ただ、凡愚がもう1つの特異性を使った場合、ああいうシンプルな攻撃方法になってしまうのだろう。
弱さは罪ではないが、平凡は罪なのだ、この場合。
「何を考えてる、負けた時の言い訳か?」
襟櫛は平凡な罪人だが、生意気に過ぎる。
それに対する罰を与えてやらなければならない。
「それは、お前が考えてろよなぁ、馬鹿がア!」
白銀の長槍を繰り出したが、また、避けられる。
速度は僅かに襟櫛の方が速い。
お返しとばかりに一太刀浴びせられるが、俺の背中に入れられたその斬撃は、まるで意味を為さない。
防御力は圧倒的に俺が優っている。
襟櫛は俺の一撃を喰らってしまえば、それで万事休すのはずだ。
つまり、俺は長期戦、持久戦に持ち込めば、完勝できる。
だが、速度だけが僅かに勝っている程度の襟櫛は、短期戦では俺を殺し切れない。
「俺の勝利は確定してるって事だよなぁよぉ、オイ!」
また、長槍を突き出してみるが、相も変わらず避けられてしまう。
使うまではもう1つの特異性はとてつもない実力だと思っていたが、案外、そうでもないようだった。
まあ、俺が灰色の世界に戻れば、ジョージやメアリを殺せるとは思うし、そういう点で考えれば、メアリに勝ってしまいかねなかった襟櫛と同等になってしまっているのも、止むを得ないという事なのかもしれない。
「勝利が確定しているなら、俺を殺したらどうだ?」
「言われなくてもよぉ殺ってやんぞ!」
本能が導き出した戦闘方法は、ただ、長槍を突き出すというだけではない。
突き出して避けられたところを追撃で薙ぐ、それも避けられる。
姿勢を屈め、足元を払うが避けられる。
逆に大上段に構え、叩くように振り下ろすが避けられる。
両手で確りと構え、突撃する。
当然、避けられてしまうが、避けた先を追い掛けて突撃を続ける。
それも避けられるが、避けた先を追って突撃を続ける。
こうやって追い掛け回していけば、いずれは追い詰める事が出来るだろう。
いかにも単細胞な戦法だが、単純であるが故に攻略は難しいはずだ。
だが、しかし、どれだけ突撃を続けても、襟櫛を捉える事は出来ず、徐々に虚しさを覚え始めてくる。
どうして、強者である俺が、弱者の襟櫛を闘牛のように追い掛け回さなければならないのだろうか。
この状況を打開する方法はないだろうかと考え始めようとした時、『ビルメン』が1つの変化を俺に伝える。
勿論、灰色の世界での事だ。
ついに、ジョージがメアリを殺したのだ。
「一度、戻るか…」
先にジョージを始末してから、仕切り直しで襟櫛を殺しても良いのだ。
俺は別に今すぐ、襟櫛を殺さなければならないというわけではない。
もう1つの特異性を使う前までは逃げる事を考えていたくらいだし、今はその時に比べて逃げるわけではなく、切り替える意味での退場だと思えば、プライドは欠片も傷付かない。
襟櫛に気付かれないよう、灰色の世界を彼の後方に出現させる。
そして、彼を追いかけ続けて突撃するように見せかけ、そのまま、灰色の世界に戻った…。