襟櫛と青岸
青岸が視線を右にずらす、それを見て咄嗟に判断する、奴は逃げる気だと。
だから、俺は奴の見た方に移動し、驚かせるついでに警告する。
「逃すと思うなよ。お前はここで殺す」
正直、後から考えれば、この警告は無意味だったと思う。
ここで殺せたのだから、ここで殺すべきだったのだ。
そういう意味で、俺は青岸を嘗めていたのだろう。
その報いはあまりにも早く、突然に行われた。
自我を捨て去り、化物に成り果てる。
相手が青岸だからといって温い感情に支配されてしまった事を途端に後悔する。
まさか、奴にそんな勇気があるなんて、思いもしなかったのだ。
いや、これは勇気とかではなく、特攻に近いのかもしれないが。
青岸はその姿形が変わってしまった。
そう、それは青騎士と表現するべきなのだろう。
青く輝く鎧を纏い、白銀の長槍を持っている。
「フハ…、フハハハ、襟櫛…、襟櫛よ…、俺は…」
「化物になって、自我を保ってるのか…」
ジョージの変貌を見ていたから、メアリと戦ったからこそ、俺は青岸にだけ許された特別に震撼した。
「化物?違う、違うよ、違うぜ、襟櫛よぉ!俺は、青騎士は、選ばれた存在なんだ…、最強も、ジョージも、メアリも、カズトも、山田も、襟櫛、お前だってなぁ、俺に比べたら、格下の雑魚の屑の弱者だ!」
「青岸…、いや、青騎士か…」
青岸が青騎士となった自分を改めて見ている。
恐らく、自分の姿形が変わった事を、俺に指摘されるまで気付いてさえもいなかったのだろう。
それを理解した後の反応は苛烈だった。
あの鈍い青岸が信じられないくらいの速度で俺に正対し、長槍を突き出してくる。
ただ、それはメアリの八つ裂きと比較しても遥かに遅い。
だから、割と簡単に避けられる。
化物になったジョージは絶望的な強さだったが、メアリの方は化物になっても勝てる可能性を見出だせたように、通常時の強さが変貌後にも影響を与えているのかもしれない。
それならば、ジョージは最強に近く、メアリはカズトを苦戦に追い込んだが、青岸はただの雑魚だったから、計算としては成り立つ。
「遅いな…、メアリよりも遥かに。鋭さもまるで足りない」
思わず、俺はその本音を口に出してしまっていた。
「ふざけるなよぉ!俺は、この俺様、青騎士様は、もう1つの特異性を使って、この世界で自分を保っていられる唯一無二の最強…」
その二文字を青岸程度が口にした時、頭は灼熱に満たされ、身体は勝手に動いていた。
奴の胴体を思い切り、二振りの日本刀で薙ぐ。
今までだったら、これだけで殺せただろう。
だが、衝撃はあれども、まるで効かなかった。
速度よりも防御力が上がったのは、その見た目からも納得できるところではあった。
「軽々しく、お前みたいな雑魚が最強を称するなよ…」
「最強は最強だろうがよぉ!俺を殺せないお前が、俺を最強と認めないなんて、傲慢だな?」
その論理は認めたくなかったが、間違いではない。
俺自身、最強を継ぐという目的でここに来て、メアリを殺せず、今、青岸すらも殺せていない。
青岸が最強という事ではなく、俺自身に忸怩たる思いがある事は否定できない。
「襟櫛、俺は世界を統べるぞ!」
「調子に乗るなよ、雑魚騎士が!」
図に乗った青岸が繰り出してきた白銀の長槍を、二振りの日本刀で受ける。
やはり、こいつは雑魚だ。
化物と成り果てて、ようやく、俺と同じ舞台に立っただけに過ぎない。
まあ、同じ舞台に立たれてしまったという事は納得せざるを得ない事実ではあったが…。