ダブルカズト
「それで、唯と健一ってのは、どこに連れて行かれたんだ?」
「俺はこの研究所で警備を担当してるだけだ。研究に使ってるガキをどこに運んでいるかなんて、知っているわけがないだろう…」
巨漢には自分が知らない事があると認めるのが、屈辱を感じてしまうらしい。
その気持はまるで理解できないが、まあ、無視しておく。
「じゃあ、その件はとりあえず置いておくとして、『消失』を研究してる場所に案内してくれ」
「はあ?」
「いや、お前は『消失』について知っていたんだから、どこで研究しているかも分かっているんだろう?」
「いや、貴様が盗んだ場所だぞ?」
「適当に盗んで、適当にあの場所へと来たから、分からないんだよ」
まあ、俺は盗んだわけではないから、これは嘘だ。
「分かった」
これも知らないと言われたら、正直、お手上げだと思っていたのだが、それは避けられたようでホッとした。
巨漢が先導して歩く中、誰とも擦れ違う事なく、目的の場所と思しき扉の前に辿り着いた。
「おい、分かってるだろうけど、中に人がいたら迷わずに殺せよ。ただ、子供だったら殺すなよ」
「分かっている。こんな風に侵入者を案内してしまっている時点で、厳罰は免れない。今さら、迷ったりするくらいなら、最初から従うものか…」
「じゃ、行くぞ。って、開いてるじゃん、不用心だな」
「本来は俺が貴様を殺しているはずだからな。用心する必要がないのだ」
初老の男が視界に入った。
その瞬間、男は巨漢に撃たれた。
考えてみれば、男に色々と聞き出した方が良かったのかもしれない。
「佐々木さんだ…」
「ああ、佐々木か」
即死してしまった男、佐々木はそう、あの時、服部と話していた男だろう。
なるほど、確かに彼は自分が『消失』を管理していると言っていた。
「お、おい、あそこ…?」
少し緑がかった液体が満たされている巨大な円筒器の中、先程、巨漢が自慢気に使った黒い球体と同じくらいの大きさをした白い球体が浮かんでいた。
「貴様が盗んだはずの『消失』が何故、あそこに…」
あれが、俺の『消失』なのか。
正直、あんな物体が身体の中にあるのかと思うと、ギョッとしてしまう。
俺は無言のまま、その円筒器に近付き、手で触れた。
そうした後で、思い切り、円筒器を殴る。
痛みはなく、俺の拳を守るように、円筒器の一部が消失する。
そして、中の液体は俺を濡らせず、溢れ出していく度に消えていく。
俺はそのまま手を伸ばし、白い球体を掴んだ。
「これは…」
「おい、俺を騙したのか、貴様!」
巨漢が銃をこめかみに突き付けてきていた。
「俺が、何を騙したって?」
「貴様は『消失』を盗んだと言ったが、今、その手にあるのは何だ?」
「だが、円筒器を殴って一部を消したのも、現に今、溢れ出る液体が俺の身を塗らせずに消えていっているのも、お前はその目で見ているんじゃないのか?これが、『消失』じゃなかったとして、何だというんだ?」
「それを信じて欲しいなら、貴様が持っているそいつをこっちに寄越せ。決して、握り潰したりするな」
握り潰せば良いのかと、俺は白い球体を握り潰しながら思う。
まあ、この大きさのままで身体に入っていたとしたら、逆にどこに入っているのかが怖くて仕方ない。
「何で、握り潰した!」
「あぁ、なるほど、『消失』のダブルってこんな気分なのか。へぇ、こいつは凄い、ちょっとした感動だな」
「貴様ァッ!」
見ただけで、考えただけで、巨漢が俺の前から消えた。
「こりゃ凄いや、俺って無敵になったじゃん」
思うだけで、イメージするだけで、巨漢が俺の元に戻って来た。
「よっ、おかえり。自分が消える体験はどうだった?」
「貴様、化物か…」
「いや、違うよ。割と凡人だ。さあ、次に行こうぜ」
「俺はもう…、貴様に刃向かえなくなったな」
元から刃向かえなかったのだが、それはどうやら忘れてしまっているようだった。
俺は残酷にそんな事を指摘して悦に入る趣味はなかったので、巨漢を促してその場所を後にする。
勿論、死体は消しておいて、円筒器はその中身である白い球体以外を戻しておいた…。