青岸の成功と失敗と
所詮、ブッチデヨはブッチデヨだ。
彼が率いていては、犠牲者を減らす事など、到底無理だった。
だが、そうだからといって、俺が率いる気はない。
ジョージに近づいて、もしも、何らかの間違いで殺されるような事があれば、それで全てが終わりだからだ。
「まあ、奴らが全滅したとしても、ここまでジョージを引っ張って来てくれたら、それで充分だ。仮に生き残りが出たとしたら、それはそれで手持ちの戦力が残せたというだけだしな」
そんな独り言を吐きつつ、俺は外の世界の状況に苛立ちを覚えていた。
メアリが襟櫛と戦っている。
苦戦しているわけではないのだろうが、殺し切れないでいるのも、また事実だ。
「何をやってやがる、あのクソ女。襟櫛程度を殺せないで、ジョージと相討ちになれないだろうが…」
実際、それも大事ではあるのだが、本当に大事なのは襟櫛がそこにいると、メアリを灰色の世界に引っ張り込む事が出来なくなるという事だ。
「クソッ、襟櫛の野郎、いつもいつも、俺の邪魔ばかりしやがって、あの野郎が!」
焦りが生じ始めているのは、ブッチデヨ達が犠牲を出しながらも、確かにこちらへとジョージを誘い込んでいるのが分かっているからだ。
俺の『ビルメン』はどこまでも正確で、だからこそ、危険は十二分に理解していた。
「クソッ、こうなったら…」
仕方なく、俺は隠れられる場所まで移動してから、外の世界に出た。
襟櫛はメアリに集中していて、メアリは襟櫛に囚われていて、こちらに気付きもしない。
子供達が全滅してしまった。
ブッチデヨとストラで、それでも、懸命にジョージを誘導しているのは、彼らなりの奴隷根性だろうか、こんな時に不謹慎だが、失笑を禁じ得ない。
まあ、笑ってばかりもいられないのが、こちらの現状だ。
ジョージを連れて来てくれるというなら、メアリを灰色の世界に引っ張り込みさえすれば、相討ちになる目算も立つ。
「襟櫛!」
叫ぶ。
だが、襟櫛は僅かすらも視線を向けようとせず、メアリへの攻撃をそのまま続行している。
無視された理由は分からなかったが、妙に苛つく。
「襟櫛、メアリは俺の獲物だぞ!横取りすんなよな、クソがっ!」
そう訴えても、襟櫛は無視したままでメアリを攻撃し続けている。
「おい、俺を無視するな、調子に乗るなよ、ガキがっ!」
無遠慮に踏み込む。
俺は『ビルメン』で距離を考えていたつもりだったが、怒りで冷静さを失って僅かに一歩だけはみ出してしまったようだった。
その瞬間、襟櫛に向けられていたメアリの八つ裂きは一気に俺の間合いを侵略し、反応する暇もなく、俺は殺されていた。
目覚め、そして、灰色の世界で復活した事を自覚し、慌てて、『ビルメン』を使う。
すでに、ブッチデヨが殺されていて、ストラだけが泳ぎ回って逃げながらも、ジョージをこちら側へと誘導を続けている。
もう、時間がない。
急がなければ、全てが水泡に帰す。
下策中の下策だったが、舌打ちと共に決断する。
灰色の世界を目一杯開いて、メアリとの距離を詰めていく。
襟櫛は先程、メアリが俺を狙った事でタイミングを見失ったのか、俺とメアリを訝しげに見ている。
メアリがこちらを見やり、ピクリと痙攣するように僅かな動きを見せた。
それを『ビルメン』で捉えた瞬間、俺は外の世界に逃げた。
そして、見た。
眼前に広がる景色には襟櫛だけがいて、メアリはいなくなっていた。
つまり、彼女を灰色の世界に引っ張りこんだのだ。
改めて、『ビルメン』で確認する。
ストラが殺されていて、そして、ジョージとメアリが殺し合いを始めている。
やった、やってやった、そう、俺は成功したのだ。
喜んだのも束の間、現実を理解して俺はゾッとする。
今、この場には襟櫛と2人だけ。
彼に殺され、灰色の世界で復活したら、その途端に、俺はジョージかメアリに殺されるだろう。
震える、今さらになって死ぬのが怖かった。
それを見透かすように、まるで死神のように、襟櫛がこちらに向かって歩き始めていた…。