最強が育てた襟櫛
「始めるぞ…」
「申し訳ないですけど、勝算のない戦いに身を投じる気にはなりませんね。僕はここで身を引きますよ」
そう言って道化が、一目散に逃げた。
勿論、追い掛けようと思えば、追い付く自信はあった。
しかし、やる気を失っている奴が残ったところで、何の意味もない。
それに、俺はもう、メアリを1人で殺すつもりになっていたから、奴の離脱は逆に歓迎したいくらいだった。
戦装束に二振りの日本刀、これが俺の特異性だ。
勿論、これだけではない。
尋常ではない速度、それに、殺意。
「最初に与えられたのは、これだけだ。最強と出会い、俺は強くなった。カズト氏、山田氏、王子と出会い、さらに強くなった。だから、俺はもう、誰にも負けない。誰にも負けれない、最強を継ぐ為に」
独り言、ただの確認だ。
ただ、それは必要事項だった。
最強が教えてくれた。
まず、自分を省みる。
それが、自分を支え、強くすると。
一瞬で、メアリの眼前に立つ。
俺は彼女をまともに見た事が殆ど無い。
だから、見に行ったのだ。
もう、随分と昔のようにも思えるが、少し前にカズトをこの場に残していった時にチラリと見たきりだったから、改めて確認できて良かった。
最強が教えてくれた。
戦う相手を見ろ。
それは、今から自分をぶつける相手なのだから、当然の事なのだと。
視界の端で、何かが動く。
また一瞬で元の場所に戻り、小さく息を吐く。
反応が僅かでも遅れていたら、八つ裂きにされていただろう。
「さて、と、…じゃ、始めるか」
二振りの日本刀を抜く。
流石に、あの八つ裂き女の前で、抜刀している余裕はない。
一瞬で、メアリの背後に立ち、一太刀を浴びせる。
反応は苛烈で、高速。
八つ裂きにしようと動くが、その瞬間には、さらに死角に入って一太刀。
それを機械的なまでに正確に、繰り返し続けていく。
本来ならば、これで精神を削っていくのだが、メアリにはすでにその概念がないだろう。
だから、続けていくだけだ。
化物になって、感情も失って、それでも、戦い続けている。
でも、本当はそうじゃない。
ジョージの時もそうだったが、本来の感情が失われているだけで、この化物にも化物の感情がある。
今、自分の八つ裂きが全て避けられて、死角からばかり攻撃され続ける事に対して、確かに表情が歪み始めているのが分かる。
勿論、自分は八つ裂きにしようと動いた時に垣間見える表情だけを確認しているわけで、同時にこちらの精神も削られているのは確かだ。
しかし、それ以外に勝つ方法がないとしたら、やるしかないのだ…。